『おもしれー女』ならぬ『おもしれー男』。
一章はココで終わりです。
ちょっと他より長いですが、どうぞお付き合いください。
──メイドの名はフェリスという。
確かにダニエルの想像通り、彼女のご機嫌はナナメ。
ダニエルと彼を案内するキースの辺境伯邸までのお世話係としてここにいるフェリスだが、本来の彼女の職務は微妙に違う。
ダニエルが想像した理由は概ね合っているものの、フェリスのご機嫌がナナメな理由の根幹はそこにあった。
婚約破棄が行われてすぐ。
王命によりカルヴァート辺境伯家嫡子であるアデレードとダニエル・ブラック伯爵子息との婚約が暫定的に決まった。
『暫定的』というのも、辺境伯は『娘がいいなら』という条件で受け入れていたからである。
国王陛下と辺境伯は旧知の仲で、希少な魔道具を以てしばしばやりとりを行っている。
辺境伯は前から「もう23だというのに、娘の気に入る相手がいない」「良さそうな相手がいるなら紹介してくれ」と軽口ではあるが陛下に打診していた。愚痴とも言う。
そこで出たのが、今回婚約破棄されたダニエル。
ローズのゴリ押しは確かにあったが、今まで尽くしてくれたダニエルだ。王家とて変な相手を宛てがうつもりは無い。
持参金等々は、あくまでも彼への慰労金と慰謝料の一部。
物品の準備や王家の馬車による送り出しも、急な話となった彼と伯爵家への配慮に過ぎない。
ローズは別に相手を指名したわけでもない。
付き合いが長く気心知れたダニエルに執着されると面倒である為、アデレードとの婚姻を進めるにあたり噂を利用したに過ぎず、それがなければ『辺境の田舎』というのを理由に納得させていただろう。
『とりあえず真面目で性格がいい』……辺境伯側に推されたのはそれだけの理由ではあるものの、シエルローズとダニエルそれぞれの為人と婚約破棄の経緯も聞かされている。
強く逞しい人間はこちらにいくらでもいる。それよりも大事なのは、アデレードと上手くやれそうかどうか。
ローズとの婚約は無駄ではなかったらしい。
別方向ではあるが我儘な娘でも、彼なら上手くいくのでは、と感じた辺境伯は、娘に話を持ち掛けてみることにした。
そんなわけで、ダニエルの意向は全く鑑みられなかったが、アデレードの方には一応打診があったのである。
父から渡された釣書と、それ以外に詳細に書かれたダニエルについての資料に目を通したアデレードが、婚姻を承諾して今に至る。
そして昨日の夕方。
婿入りの馬車の一団から、『明日には辺境伯領に入る』という連絡があった。
それを知るとアデレードは『婿殿を迎えに行く』と言ってアレコレ指示を出したのだが。
「……お嬢様?」
当日、出迎えの為に主の準備をしようと部屋に入ったフェリスは、既に用意を整えていたアデレードの姿を見て眉を寄せた。
(随分乗り気だと思ったら……!)
いつも通り。
いや、いつもより酷い姿。
普段からアデレードは男性のような恰好をし、女だてらに討伐にも行くのだが……今回正装に近い身綺麗な姿ではあるものの、それは明らかに男装であった。
そう、フェリスの本来の仕事はアデレードの侍女である。
「今日はコレで行く。 ああフェリス、私のことは『キース』と呼びたまえ」
そして、もう既におわかりと思うが『キース』はアデレード。
「やけにアッサリと受け入れたのでおかしいなと……二次試験のおつもりですか?」
「いや、受け入れた以上歓迎はするさ。 だが私は自分が見て感じたものを信じる人間なのでね。 辺境伯家の婿殿として歓迎はしても、夫君として彼との関係をどうするかはそこで決める」
「だったら尚の事、『アデレード』様として行くべきでは?」
「ふふっ、この姿ならば少年に見えるだろう? 辺境伯家から遣わされたとしても、所詮は案内人の不遜な少年に、未来の夫となる男がどう対応するか気になるじゃないか」
「……」
(やっぱりそれは『二次試験』って言うんじゃないかしら……)
そう思ったが、フェリスは口に出さなかった。
ロックバードの件でもわかる通り、彼女が『やる』と決めてしまったら、どうせなにを言ってもやるのだから。
初対面での『キース』は、アデレード自身が言った通り『心から歓迎しつつも、不遜な態度』を見せる。
成程、ふたつを同時に成立させるのに『少年』は都合のいい立ち位置なのだろう。
幸い、腰の低いダニエルが不興を買うことはなかったのはご存知の通り。
具合を悪そうにした彼を純粋に心配しつつ。『辺境伯閣下3メートル』等とよくわからないことを宣うダニエルに、アデレードは興味を引かれたようだった。
フェリスにお茶を頼んだアデレードだったが、あれは初対面での印象が良い場合。
なにも言わずに席に着いたなら、初対面での印象は悪いということを示すと事前に決めてあったのだ。
『廃墟の塔に登る』もそれ。
散歩のコース分岐がその都度のアデレードの好感度を示す。
ちなみに『夫として受け入れるのは無理』な場合、散歩に誘わずさっさと邸宅へ。共に馬車にも乗らない。
これは──
王命であり受けた以上『婿として』歓迎はするが、それだけに『婿として』なにかしらの成果を上げねば数年後に離縁する。
──という意志を示す。
歓迎していることを示した上で、それぐらい印象が悪い場合に限る、という前提だ。
与えられたダニエルの資料からも考えにくいこれがあるのは、念の為だけではない。
当然ながらアデレード側が先に不快感を示したら駄目。これは『態度こそ不遜であれ、歓迎する姿勢は崩さない』という一種の縛りでもあった。
逆に『廃墟の塔に登る』は最も好感度が高く、既に仲良くなれると確信がある状態を示している。
不安は吐露しても、アデレードの見た目や性格について徒に尋ねてこないのにも好感を抱いた様子。
──アデレードの噂自体は実際に存在する。
噂については『両方正解』が事実。
見た目は『妖精』、中身は『アマゾネス』が真実といったところ。
彼女は『アマゾネス』という自身の噂を面白がり、少し誇らしいとすら感じていた。
そして『妖精』のような見た目を評価する輩があまり好きではない。
その姿があまり知られていないのも、単純にドレスやパーティーがあまり好きではないから出なかっただけである。
それをいいことに、ダニエルへ渡した釣書には絵姿を入れないでもらっていた。
煌びやかな装飾の部屋と、そこに集う人々。輝く宝石やドレス、季節や場面に相応しい設え……その美しさは理解出来るし、それに価値がないとは言わない。
だがそもそも、それを好むような人達とは『美しいものとはなにか』という感覚が違うのだ。
合わない靴を無理して履く気はアデレードにはない。それだけのこと。
自身についても中身を見て欲しい!などとは言わないが、勝手にイメージされた『アデレード嬢』との違いは明らかであり、それに合わせる気など毛の先程もないのである。
アデレードの話は一切出さない代わりにやたらと父を気にし、妄想を膨らませた挙句『馬番』とか言い出した初対面のダニエルは、アデレードの中で『おもしれー女』ならぬ『おもしれー男』ポジションを獲得していた。
それはもう、ロマンス小説のヒロインが如く。
更にズボンを奪うという暴挙も気にした様子はなく、あまつさえ弱いのに果敢にロックバードに挑み、機転を利かせたダニエルへの好感度はもうかなり高い筈だ。
だからこそフェリスは、不機嫌にならざるを得ないのである。
(全くお嬢様ったら……いつになったら御身を明かすおつもりなのかしら?)
なにしろふたりは馬車内、仲睦まじくはあるものの……ほぼ『ロックバード肉について』しか話していないのだから。
【どうでもいい補足】
ロックバードは山の火口付近に住むと言われており、あまり出現しないのはその為。ロックバードに限らず、魔獣は害獣でありながら貴重な資源でもあるので、必要以上に狩ることはない。
ロックバード肉は滅多に手に入らないので流通しておらず、討伐したあとは討伐や調理に携わった者達に振る舞われ、全部食ってしまう。
獣肉と鶏肉の間のような味でとても美味しい。