願い事が叶う速さで。
「──珍しいな、ヘクターが遠乗りに誘うとは」
「最近はサンドラばかりにかまけてましたから。 ドルチェにも愛情を見せておかないと、拗ねてしまいますので」
ハーレム王みたいなことを吐かしているが、ご存知の通りサンドラは竜でドルチェは馬である。
ヘクターの誘いは『遠乗りに行くが、気晴らしに一緒にどうか』というモノ。
唐突ではあったが、執務の進捗と予定を把握しているネイサンに予め聞いていたようで、時間に問題はない。
「シーグリッドでもいい?」
「構いませんよ。 シーグリッドはドルチェとも仲良しですし」
馬と竜での遠乗りにはなるが、この先雪が積もれば暫く行けなくなる。
折角なので付き合うことにした。
執務の合間に森奥や聖域の様子を見に行くのに、アデレードはシーグリッドを傍に置いている。
今やすっかり『アデレードの部屋前』がシーグリッドの定位置となっていた。
ヘクターとクリフォードは引き続き騎竜訓練を行っている。
運動能力はクリフォードの方が高いがヘクターの方が竜との連携が取れており、どちらが上とも言えない。切磋琢磨するには丁度いいふたりだ。
「クリフには負けません。 幸い妹が長期休暇で女学校から戻ってきますからね、奴が鼻の下を伸ばしているうちに差をつけてやりますよ」
ヘクターの妹、リナリーはクリフォードの婚約者だ。彼女の前では殊の外カッコつけているのでわかりづらいが、クリフォードはリナリーにメロメロである。
「お前……クリフォードを唆すつもりだな? あまり不安にさせてやるなよ?」
「なにを仰る、恋愛にはスパイスも必要でしょう?」
「……」
ヘクターが恋愛を語っても説得力が皆無だが、そこは黙っておいた。(※優しさ)
そもそも今のアデレードに無神経にそういうことを口にするのは、ヘクターくらいである。そういうところがアレな訳だが、今のアデレードには有難い。
(皆気を使いすぎなんだよなぁ……)
心配を掛けたのであまり偉そうなことは言えないが、アデレードはどうしようもないことをいつまでも表に出して引き摺るタイプではない。
どうしようもないことは、『どうしようもない』と受け入れるしかないのだから。
ガブリエラとは持ち物が違うだけで、そこらへんの潔さという点では同じだ。
ダニエルに判断を委ねた時点で、アデレードのできる事はギリギリまで待つことだけ。それで駄目だったとしても、受け入れるべきどうしようもないことが変わるだけに過ぎない。
自分から求めることはアデレードにはどうしても無理だった。それには情を傾け過ぎ、与えられ過ぎてしまったから。
ダニエルに委ねたのは、求めることも諦めることもできない自分の中の矛盾を受け入れた結果の愚策である。
最後まで試すようで気が引けるから真意には気付いて欲しくないが、きっとダニエルは気付いてしまうのだろう……それで来ないなら諦めはつく。
早くに目覚めた報せがあったのは僥倖だった。
このまま静かに幸せを祈りたい。
一連の出来事のように、忘れることはなくとも日常に埋もれていくように、緩やかに。
「そろそろ帰るか」
遠乗りに誘われたのは昼過ぎなので、もう日が沈もうとしていた。調子に乗って走らせすぎたらしい。
気を利かせたガブリエラだったが、結果的には帰ることを選択したスチュアートの方が正解と言える。
「しかし、聖獣様は今どうしているんでしょうね……」
帰り際に空を見上げたヘクターは、またも無神経なことにそう呟く。
「ええぇ……そこは『ダニエル様は』とか言うところじゃないのぉ?」
「ダニエル様は所詮は人ですから、その気になれば会う機会もございます! 気になるなら会いに行けばよろしい!」
「わぁ! 無神経極まりないな!?」
「ああ……あのモフみを今一度味わいたい……はっ! アデレード様の伴侶になれば私も加護を受けれるのでは?!」
「お断りだ!!」
ヘクターの場合、どこまでが無神経でどこまでが気遣いなのかわからなくて楽だ。
(いや、8割がた無神経だろうな。 別にいいんだけど)
「夜間に騎竜し流れ星を見る度、聖獣様を思い出し涙が……」
「涙腺弱いな?」
呆れながらも、アデレードがなんとなく夜空を見上げたその時。
「──あれは……」
夕闇に強く光の線を描く、流れ星──のようなモノを見た。
そのスピードは速くすぐに消えたが、流れ星のように一瞬ではなかった。
云わば、願いを三回唱えられるくらいの速さ。
その方向は──
「ッ!」
「アデレード様?!」
脊髄反射のようにアデレードは竜を飛翔させていた。
理屈じゃなく、確信がある。
そして、それは当たっていた。
──それより少しだけ前のこと。
前の王城の一部と瓦礫が残る、小高い丘にダニエルはいた。
「すっかり遅くなっちゃったなぁ……」
それはダニエルがアデレードと初めて出会い、案内された場所。まだあれから一月半程しか経っていないことに驚く。
思えば酷い出会いだった。
ダニエルはアデレードのことより辺境伯閣下のことを気にしており、考えるのは保身ばかり。
アデレードはのっけから『キース』と名乗り男装。しかもダニエルそっちのけでロックバードに興奮し『ズボンを寄越せ』と迫る始末。
『君はツイてる!』
興奮のままにそう言った、アデレードを思い出して微笑む。
よもや婚約者同士の初顔合わせとは思えないが、今思えば確かにツイていた。
自分はとても幸運な男だ。
そう心から思う。
「さて、と」
ダニエルは思い出深い塔に登る前に、その下の地面に膝と手のひらをつく。
アデレードが自分に委ねてくれたことを、ダニエルはすぐ理解した。
ダニエルの気持ちは、あの時から根本は変わっていない。だからこそ『自分の気持ちだけで決めていいことではない』と感じていた。
それは王命や、ユーストの許しなどではない。
ダニエルにはリルが必要だった。
リルとの繋がりは加護だけじゃなく、縁なのだ、とダニエルは思う。
リルが『よばれた』と言った通り、きっとダニエルがリルを『召喚んだ』のだ。
この地に認められなければ、おそらく辺境伯の婿として相応しくない。
権力や立場になら抗える手段があっても、それには抗えない。
ダニエルもまた、アデレードの幸福を願っていた。
彼女の幸福は、この地から切り離しては得られないから。
(君とまだ、繋がっているのなら)
──どうか、届いてほしい。




