大事な想いは余白に隠して。
翌朝、物々しい警備を引き連れて、王族ふたりは丁重に見送られた。
自然現象とはいえ、今回のことは辺境伯家の不始末である。領騎士の一部はそのまま王都まで送り届けることになっていおり、ヨルブラントと騎士団長がその隊を率いている。
元々王宮の護衛騎士達は数こそ少ないが精鋭達で、いざという時の転移スクロールもある。魔獣との戦いは兎も角、貴人の護衛にかけては彼等の方がプロフェッショナルだ。
領騎士達は王族ふたりを守るというよりも、献上する詫びの品を届けるのが役目と言っていいだろう。
また一部は隣領で隊から離脱し、ダニエルをブラック伯爵領に送り届ける任務に就くのである。
「……お嬢様」
馬車を見送るアデレードにネイサンは声を掛けた。
結局昨夜、彼は追いかけずにアデレードの戻りを待った。王族相手なので、共に行けないのであればネイサンは確実に部屋の外で待つよりないのだから、諌めるチャンスなどない。
彼が全てを知ったのは、アデレードが街側邸宅へ戻り、更にユーストの執務室に行った後のこと。
「良かったんですか?」
「さあ……どうかな。 今はなんとも」
「素直ですね」
「いつも素直だろ?」
そう言って笑うアデレードは、相変わらず強がっているようだったが、どこか吹っ切れたようでもある。
(多分、どうにもならないからだろう。 少なくとも若旦那様のお身体が回復するまでは)
先のことはわからないが、ネイサンの任はまだ解かれていない。まだダニエルは『若旦那様』だ。
ユーストとの話し合いの末『辺境伯家としては王命の撤回は求めないが、ダニエルの体調を一番に考慮し最終決定をしたい』と願い出ることになった。
どうにもならないのはそれ以上できることがないだけではなく、アデレード自身の気持ちもそう。
決して彼を望んでいない訳ではないのだ。
意外なことに、それに気付いていそうなのはネイサンやフェリスだけでなくシエルローズもだった。
「姉上は怒るかと思ってました」
昨夜特になにも言わなかったローズに、オスカーはそう言った。
「怒れないわ。 だってあの人から伝わってくるのはダニーの心配ばかりだったし」
「ああ……」
それなりに関係の良い姉弟だが、普段のふたりの距離は遠い。ローズの潜在魔力のことをオスカーは今更のように思い出し、彼女がそう言うならそうなんだろう、と納得した。
「それに……」
「なんです?」
「……いいのよ。 私は喋り過ぎだわ」
「気を付けなくちゃ」とローズは独り言のように呟いて己を戒めた。
オスカーにはこれが普段の行いを指すものだと思ったけれど、そうではない。ダニエルに対してだ。
(あの人、葛藤はあっても嘘がないんだもの)
『辺境伯家はブラック卿を夫として迎えには参りません』
迎えに行かない理由など、アデレードがひたすらダニエルを心配していることを考えたらもう、ひとつしかない。
表情を変えず淡々と話すアデレードから伝わる気持ちは強く複雑だった。だがローズにはわかったような気がしている。
正確に読み取れるような万能な力ではないが、それを紐解けるくらいの単純で大きな気持ちが手前に存在したから。
それはダニエルの安全と、幸福を願う気持ち。
(たとえ回復したとしても、ダニーを戻すことはまた危険に身を置くことと同義……だから迎えには行けないのね)
そして頼まれたのは『今後彼が目覚め、行き場がなかった時』のこと。
ダニエル自身が行き場を決められれば、必要のない世話だ。
その場所が、辺境だとしても。
アデレードの言葉に嘘がない以上、彼女は全ての選択をダニエルに任せたのだ、とローズは思った。
離れることを決めた言葉にも嘘がないのは、『夫として受け入れない』と言った訳ではないから。
望みを捨てられず、余白のようなモノを残した──そう思う。
(余計なことを言わないようにしなきゃ……)
ダニエルは真面目な努力家だが、案外図々しく、図太い。立ち回りが上手いので、献身的なようでいて実はそうでもない……ということをローズは知っている。
そのへんに関しては多分、アデレードよりも。
そんなダニエルが身を捧げる程尽力したのなら、それは特別な想いがあるからだ。
ローズが本物のダニエルとアデレード、ふたりの姿を共に見たのは神殿での少しの間だけだが、ふたりの行動から想い合っているのは明白。
ならば応援したいところだが、もしアデレードの気持ちを伝えたなら、きっと一も二もなくダニエルは辺境に戻る。
──必要とされるのは、自身が必要とするよりずっと楽だから。
必要とされない王女のローズは、今回浄化にあたってそれを身を以て感じていた。
ただ純粋に力になりたかった気持ちは、役に立てたことや賞賛からやや変化をしていたことに避難指示によりすぐ気付くこととなった。
『これからは聖女として国をまわっちゃおうかしら!』等と調子に乗りかけていたところから『結局お荷物でしかない』と卑屈に戻ったあたりで、してきた全てが自分の為に成り下がったような気がして、大いに凹んだのだ。
項垂れるだけの自分とは違い、報告書から魔石に力を注ぐことを考えたのはオスカー。
ローズは真摯にそれに取り組んだが、役に立つかわからないことをしている時の方が、他者のことを考えていた気がしている。
自分とダニエルは培ってきたモノも含め、同じではない。だが多分彼も、必要とされることに弱い。
見た目くらいでしか賞賛されなかったローズは献身や奉仕に憧れがあったものの、その中にも承認欲求や自己顕示欲は確実に存在すると知った。
あれはその自覚がなければ綺麗な毒だ。
その為に動くことが悪い訳じゃないが、多くを求められればそれだけでは超えられないモノが出てくる。
アデレードの本心が、生命の覚悟を以てダニエル自身に考えて戻って来て欲しいのであれば、伝えてはいけない。
そうでなくても彼女の一番の望みは、きっとダニエルが生きて幸せでいることなのだから。
馬車が出て、見送るアデレードの姿が小さくなっていく。
本当は一緒に行きたいんだろうな、とか思うとなかなか切なく感じ、『もう全部言っちゃった方がいいのでは』とも思ってしまう。
(──はっ?! ダメダメ!!)
しかし、危険を感じたことなど殆どないローズが、自分の尺度で量っていい類のことではない。
「オスカー、私にダニーの前で余計なことを喋らせないでね!」
「はい?」
「ああぁぁぁ~、自分が心配だわ~。 私って気の置けない相手の前だと饒舌だから~」
「……」
オスカーは『この人卑屈で内弁慶だけど、根は明るいんじゃないだろうか』とちょっと思った。
【どうでもいい補足】
モロゾフ中尉へ『屑魔石に力を注ぐ』提案をしたのはオスカーだが、凹んでいる姉ありき。
思いつきはしたけれど、本当は特に提案する気はなかった。




