不躾な訪問とお願い事。
アデレードが城壁側邸宅に着くと、王族ふたりは丁度夕食を終え休んでいたところだった。備蓄からではあるもののそれなりの食事が用意されたようだ。
「アデレード様。 僭越ながら、申し上げます。 おふたりは王族にもかかわらずこの地の為に文字通りお力を注いでくださいました。 それでも今お会いになりたいと仰るなら、まず閣下の許可を」
不躾な訪問に、元貴族令嬢であるモロゾフ中尉が苦言を呈す。
「ここは辺境ですが、ふたりは王族という地位にありながら文句ひとつ言わずこちらのやり方に従うだけでなく、希少な力を使ってくださっています」
なんでも浄化に携わるだけでなく、避難を余儀なくされた後も力を尽くしてくれたそう。
報告書の写しを読んだオスカーの提案で、兵士達から武器や防具などに着けているお守りを回収し、ついているこの地の屑魔石に力を注いでくれていたらしい。
注げる力も少なく、牽制程度にしか使えないにせよ、捕縛を主とする戦闘内で役立つと思ってのこと。
すぐ聖水が降った為、殆ど使用の機会はなかったものの、後処理に於いてもおそらくかなり役に立つだろう。
「危機的状況を逸した今、臣下として礼を尽くすべきでは?」
「ひとつ勘違いをしているようだが、危機的状況はまだ続いている。 時間が無いからこんな格好でこんな時間に出向いているんだ」
「……お伝えして参ります」
静かだが低い声でそう言うアデレードに無表情の中に苦々しさを湛えながら、モロゾフは王家の護衛騎士を伴って迎賓室へと伝達に向かう。
(モロゾフをつけたのは正解だな……)
モロゾフが殿下方の協力に感動したのは事実だが、アデレードに本当に苦言を呈する気で言い出した訳ではない。
辺境は王宮のような難しい場所じゃないが、ここには護衛騎士がいる。パフォーマンスは大事だ。
緊急避難とはいえ、街側に比べ質素な城壁側邸宅。移動の危険性を考えてのことだが、実際に魔獣と遭遇したことのない護衛騎士達には王家を軽んじられていると取られてもおかしくない。
不躾な訪問に乗じて、王族を持ち上げながら危機的状況を知らしめたあたり、流石は元貴族令嬢である。
「おふたりはお会いになるそうです」
「そうか」
とはいえオスカーとシエルローズは王族で客人であることや、協力してくれたこと、そしてこの訪問が不躾であることは事実。
まず丁寧に謝罪し礼を述べる為に膝を付き、臣下として最大級に畏まった。
「こんな時です、お気になさらず」
「なんでも避難後もお力を貸してくださっていると……父に代わり、厚く御礼申し上げます」
「いえ、良い経験をさせて頂いております。 どうぞソファへ」
「重ね重ねの無礼を承知で申し上げます、お人払いをよろしいでしょうか」
「わかりました」
オスカーが軽く手を上げると、護衛達が部屋から出る。シエルローズはずっとしおらしく黙って座っている。
先に王族らしい振る舞いをできたのは激昂した余波であり、浄化の際ちゃんと動けたのは特に既存の『王族らしさ』を求められていないことと、自分でも役に立てたことによってちょっとハイになっていたからに過ぎない。
内弁慶の彼女は、あまりよく知らない人の前ではしおらしく一歩引くのが常。こちらが本来の通常運転であるといえる。
「では、ダニエルは……」
「ええ。 精霊達の話を聞く限り、この地に飲み込まれかけたようです。 部下に隣の領へと運ばせました。 今は殿下方のお泊まりになられた宿泊施設へ。 ……流石に四肢が動かなくなる、ということはないでしょうが不自由な身体になるかもしれません」
ダニエルの成し遂げたこと、そしてそれ故に負った身体への負荷を簡潔に説明し、先程届けられた手紙を見せた。
「──カルヴァート嬢は、我々に浄化を頼みに?」
「ええ……殿下方にはお帰りの際、一度だけ彼を診て頂きたいのです」
アデレードの願いはネイサンの想像とは少し違う。
曲がりなりにも次期辺境伯として教育を受けているアデレードだ。『王宮に戻す』というネイサンの想像通りに動く程、浅慮ではない。
そもそもこの婚姻は王命……王宮に戻すというのは現実的ではなく、問題が多過ぎる。
大きな力を持つ辺境と繋がった彼を王宮で保護すれば様々な憶測を呼ぶことは避けられず、場合によっては全く別の意味で生命の危険すら出てくる。
「ブラック卿は一旦実家へ戻します」
密かに両親のいる伯爵領に戻すのが一番いい。
「それと……今後彼が目覚め、行き場がなかった時……なにかしらの道筋を整えてくださいませんか?」
ダニエルはブラック家の三男坊だ。
伯爵領は然程大きくはなく、ブラック家も裕福では無い。だがそれは『金がない』というよりも『清貧』的な意味合いのもの。それだけに堅実に領地経営を行っているブラック伯爵領はそこそこ栄えており、領民との関係もいい。
伯爵領内でも彼の能力は生かせるだろうが、おそらく誰かしらの居場所を奪うことになる。
きっとダニエルはそれをよしとしない。
「ダニエルの手助けに否やは……ですが、それは……」
オスカーが戸惑うのも当然。
アデレードは、既に暗に告げたことを、ハッキリと口にする。
「辺境伯家はブラック卿を夫として迎えには参りません」
「「!」」
「陛下の御心に背く気もありませんが、今回は特殊な事情ですので父がなんとかするでしょう。 殿下方にはわざわざいらしてくださったのにこんな事になってしまい、深くお詫び致します」
王命も簡単に撤回できるものではないが、婚姻の書類はまだ浮いたまま提出されておらず、婿になる筈のダニエルは眠ったまま。
黒ずんだ四肢は刺激に対し反応を見せず、浄化をしても完全に元通りになるか不明だ。
状況を見てなんらかの変更があってもおかしくはない。
オスカーはチラリと姉を見る。
『ダニエルの不幸な姿』であんなにも勇気を出した姉だ。
アデレードの言葉の真意を汲めても汲めなくても激昂するかと思われたが、そんなことはなく……オスカーと目が合うとしおらしく言葉を紡いだ。
「まだ警戒はそのままなのでしたかしら?」
「ええ」
「では明日の朝には、慣習より厚い警備で隣領までの警備をお願いします。 王太子殿下、ブラック卿も早い方がよろしいでしょう?」
「あ、ああ……そうですね。 そのように整えてもらえますか」
「ご配慮痛み入ります」
アデレードは再び跪き「殿下方の深い慈愛に感謝致します」と恭しく述べて、部屋を辞した。




