その責務、過分につき。②
「うわっ!?」
「ピュイッ!!」
ヘクターが発って暫くすると湖から閃光と共に水が噴き上げ、一瞬バランスを崩した。サンドラも動揺したのだろうが、直ぐに持ち直す。
「ごめん、助かったよサンドラ」
「クルックルルル」
自分達より高く上がった輝く水柱から、雨のように水が落ちてくる。
(──コレを、この人が)
本音を言えば、信じられない。
危機を救ったこともそうだが、なにもかもが。
そもそもこの地で生まれ育った自分達ではなく、何故彼が聖獣に選ばれたのか。
それは不満からではなく、単純な疑問であり、憐憫や罪悪感からのもの。
手前に視線を向ければ自身の肩からだらりと垂れ下がった、黒ずんだダニエルの手……とてもじゃないが『羨ましい』と思える状態にない。
(アデレード様との婚姻というよりも、この地に身を捧ぐために来たみたいじゃないか……)
──まるで生贄だ。
アデレードには悪いがそんな言葉が過ぎってしまう。
だが過ぎったその言葉は、予想外にもフト違うところに辿り着き、ヘクターは思わず「あっ」と声を漏らした。
(そうか……だから、『ココじゃないトコ』へ……!)
リルの言った言葉の意味が急に理解出来た気がして。
どうしてリルがダニエルを選んだか……それはヘクターにはわからないし、それを否定する気はない。
現に、彼はリルと共にこの地を救ったのだ。
しかしダニエルがこの地の人間ではないのは事実。それが重要だ。
(加護や神気だけでは足りなかったのか……? 或いは馴染めなかったのかも)
ダニエルの力が伝えることだとして。
よそ者である彼がそれをするのには、無理せざるを得なかったのではないか。
それこそ、この地に身を捧げなければならない程。
(意識してかどうかは兎も角、結び付きの為に必要だったのでは?)
その原理は、コントロールする手段として術式に自身の血を介し結び付けたネイサンの火魔法と同じようなもの。
潜在魔力というよくわからないモノや加護のせいで思い至らなかったが、今回のことを魔法と同様に考えれば、自ずとリルの言葉の意味するところの答えは出る。
実力に見合わない魔法を使おうとした時、自身の魔力よりもそれと結び付けようとした魔素の方が勝ってしまい、コントロールを失う。結果、魔法は術者に跳ね返る。
これは厳密に言うと『魔法が跳ね返る』というより『魔素に飲み込まれる』の方が正しい。
大前提として『魔法は魔力と魔素の結び付きにより発動する』が故に、起こることだからだ。
魔法を発動する(或いは無理矢理した)為に取り込んだ一定量の魔素が、『魔法』という特定条件下に於いて、魔力の足りない分を術者の他のモノで補完しようとする。いわば自然現象である。
回避するには、魔法を解く……結び付きを切り離すしかない。
(聖獣様はダニエル様の加護を──この地との結び付きを薄めたいのだ)
加護と魔法は違うし、ダニエルがしたことも魔法ではない。
(だがダニエル様の肉体が取り込まれそうになっているのならば、きっと──)
この推測は、正しい。
──そして、その後のリルの様子もそれを裏付けていた。
「リル……?」
ダニエルは何処だ、と強く問い詰められない程、リルは不自然な位に銀色に輝いており、なのに何故か巨木の下でグッタリと横たわっている。
(木が……光ってる?)
水飛沫と精霊、そしてリルの身体から放つ光でわかりづらいが、巨木も仄かに光を纏っている。
水柱の理由はわかる。しかし、それ以外に何が起こって、今どうなっているのかわからず、不安と嫌な予感だけが頭をもたげていく。
「……どうしたんだい? ダニーは?」
《ヘクターにお願いしたの。 ダニーは、頑張りすぎたの……だからリルは、戻さなきゃ。 契約だもん、ダニーをはなせないから》
「はなせない?」
リルの言葉はやはりよくわからず、かといってこれ以上尋ねるのも憚られた。
「……精霊達!」
《ダニーはヘクターが連れてったよ》
《リルが頼んだんだ》
「ヘクターにリルが? どこへ? ──ああごめん、できれば順を追って話してくれないかな。 なにがあったのか……ええと、この水柱、ダニーは成功したんだよね?」
アデレードは不安から焦る自身の気持ちを落ち着けるのも兼ねて、ゆっくりと、なるべく静かに問うた。
だか心音はドクドクと不穏に響き、その速度を上げていく。
《たぶん》
《成功はしたよ。 だからこうなんじゃない》
《そうだよ、成功はした。 でも見てない》
《見れなかった》
《そう、見れなかった》
《途切れたんだ》
《きっと、もってかれたんだ》
《違うよ! ダニーがそうしたんだよ!》
精霊達の言葉は端的で数体がひとつのことに各々の主観で喋るものの、なにがあったのかを探るには充分だった。
しかも精霊視点なので、人智を超えた事象も人のそれと照らし合わせずに済んだ。
「持ってかれた……ってダニーは大丈夫なの?!」
《生きてる》
《でもよくない! だから切り離さなきゃダメ!》
「切り離……?」
《だからヘクターなの》
《ここにいたらダメ》
《ここの力だからダメ》
《ボクらじゃダメ、リルでもダメ》
「──」
アデレードはその場にへたりこみ、頭を抱えた。情報量としては然程多くない精霊達の言葉がぐるぐる回り、上手く整理できずに。




