もしかして、ここでなら。
(しょっぱい……)
美少年竜騎士とひ弱な文官もどきを比べても仕方ないが、わかっていながらそう思う。
その場に座り込んだダニエルにはもう見えていないが、先程ロックバードの断末魔と思しき声が聞こえていた。
多分、倒したのだろう。キースが。
(……くそ、見たかったなぁ)
そう思いながら階段を枕にするように仰向けになって重い手足を伸ばす。
もう空に見えるのは雲だけ。
背中が痛いが、今ちょっと動きたくない。
──カーン・カーン・カーン
先程とは違う鐘の音が鳴り響く。
避難指示解除の合図、だと思う。
バサバサと音がするのは、他の竜騎士達か。
階段を軽快に駆け上がる足音と共にやってきたキースがダニエルに手を差し出す。
「……ダニー!」
「キース君、無事?」
「こっちの科白だよ……立てる? ほら掴まって」
小さく嘆息しながらキースは、伸ばしたダニエルの腕を少し乱暴に引っ張り上げた。
ひとつに結んだ彼の長い髪が、顔を柔らかく掠める。
それが思いの外埃っぽくて、ダニエルは笑った。
「なにを笑ってんのさ」
「ははっ……君の方が大変だったのに、僕のがヘロヘロみたいだ」
「何言ってんだ、実際ヘロヘロじゃないか。 無茶しやがって!」
「それこそ僕の科白だろ? 無茶苦茶だ、あんな……」
「あっ──……!?」
ズボンを奪ったことを思い出したらしい。
視線を下にさげたキースは、履いていることに気付いて変な表情で顔を上げる。
ダニエルが言った『無茶苦茶』は、あの不安定な状態での討伐参戦のことや戦い方のことだが、その表情がおかしくて更に笑った。
「君は──……くっ、」
呆れたような怒ったような、なんとも言えない顔をしていたキースも、ジワジワ込み上げてきたらしい。
「あはははははっ」
「もう! 何笑っ……ははは!」
ふたりは笑いながら、階段を降りていく。
「……ありがとう、助かったよ」
ぶっきらぼうにキースがそう言う。
彼の横顔は若干不満そうで、ヘロヘロのダニエルに肩を貸す為に背中に回した腕に僅かに力が入る。
「もしかして、プライドを傷付けた?」
「馬鹿! そんなんじゃ……」
言葉の途中で舌打ちをすると、すぐそっぽを向いたキースの表情。
(ああ……)
……多分、ただ心配されていたのだ。
「ごめん」
「……何謝ってんだよ?」
「ふっ、くく」
「何笑ってんだよ?!」
(役に立てたならよかった)
そう思ったけれど、口には出さないでおいた。
「……見てみろ、ホラ」
階段の半分あたりで急に立ち止まる。
視線の先──下の方では竜騎士達と護衛騎士がロックバードの骸を囲んでいる。
更に教会下の方では避難していた村人達が集まってきていた。
皆、ロックバード討伐と竜騎士達の来訪に湧いている。
「ようこそ辺境伯領へ! 皆もこうして歓迎している」
「んん~、それはちょっと違うような」
「なにを言う。 ちょうどいい婿殿への献上品だろ?」
「その為に頑張ったの?」
「ははっ、そりゃどうかな~」
ふざけた遣り取り。
甚だいい加減な言葉ばかりだが、ダニエルは嬉しかった。
少なくともキースは歓迎してくれている。
(友達なんて作れなかったからなぁ……)
アウェーだと思って身構えていたが、考えてみれば王都だってあんまり変わらない。
皆良くしてくれてはいたが、ダニエルの構築したのはローズ絡みの人間関係であって、気の置けない相手なんて誰もいなかった。
「今夜はご馳走だな!」
「え」
「ん?」
「……アレ、食べるの?」
「? そりゃそうだろ?」
……ロックバードの肉は美味いらしい。
想定外の土産と共に、ダニエルは再び辺境伯邸へと向かう馬車に乗り込んだ。
今度はキースとメイドも一緒に。
馬車は相変わらずゆっくり進む。
ロックバード肉について語るキースはご機嫌だが、メイドの娘はちょっとご機嫌ななめな様子。
キースの上、更にダニエルまで無茶したのが気に触ったのだろう。
王宮では考えられない距離感の近さだが、ダニエルはそれが心地好かった。
それは然して裕福とはいえない、実家の伯爵家に戻った気分。
それなりに歴史あるブラック伯爵家のメイド達は、しっかり教育をされていたものの、人数は少なく古株ばかり。長男次男がすくすくと育つ中、家的な責任のない三男坊でひとり歳の離れたダニエルに厳しい教育は求められておらず、皆のマゴ子扱いだった。
(懐かしいなぁ……)
ローズとの婚約が決まるまでは、大分緩く育てられていた幼児期。
ダニエルはかなりやんちゃな子供で、よくこんな表情をメイドにさせていたことを思い出す。
そのノスタルジーはダニエルの不安な気持ちを払い除け、ここでなら幸せを掴めそうな気分にしてくれた。