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その責務、過分につき。①


今までのような清浄な空気はないわけではないが、それはこの水柱の飛沫が作り出すだけのもの。

湖は大幅に水位を下げ、浮かんでいるように見えた小島は中心の巨木によって成り立っているものと水柱の間からわかる。


島ではなく、木だった、と言い換えてもいいだろう。土は表面を覆うだけで、捻れ太くなった根……いや、いくつもの木が一体になっている。おそらく根はもっと遥か下なのだ。


今や聖域と言えるのは、水位を下げた湖の中央、あの木の周辺のみ。


「ッダニー!」


水柱を避けながら、アデレードはシーグリッドを飛ばす。


リルの姿が見える──ダニエルに会えるのはもうすぐだと思うと、無意識のままに声を出して呼び掛けていた。

しかし、


「……ダニー……ダニエル?」

《アデル……》

「リル……ダニーは?」


そこにダニエルの姿はない。






──アデレード達がトレントに時間を取られていた頃。


ダニエルはまだ湖の底。

加護の中でも心身に降りかかる強い負荷に呻き声を僅かに漏らしながらも、集中力を途切らせることはなく、ダニエルはリルから受ける神気を注ぎ込んでいた。


「ぐっ……」


この作業では今までのように意識を失う程の虚脱感こそないものの、だからこそ酷く疲弊する。


《ダニー……大丈夫?》


肉体的負荷はランプに魔力を注いでいた時に近いが、それより更に過酷と言っていい。神気の中に魔力を用いて伝えなければならない……それには大変な集中力を必要とした。


なのに、ダニエルはいつまで経ってもそこから動こうとせず、それはせっかちなリルが心配で声を掛ける程。


(あと少し……!)


ダニエルがやめないのはコレ(・・)だ。


流れてくるのは微量だが、手応えがある。

先のずっと先で確かに蠢いているモノを感じて。


『もう少し』

『あと少しで』


身体に伝わる感覚と、その希望とも言える自身の言葉に後押しされるように、ダニエルは伝え続けた。


《……ダニー? ダニー!》



ダニエルにはもうリルの声すら届いていない。

相変わらず耳をつんざくように響き続けている轟音の中、集中している彼の周囲は静寂に包まれている。


耳に届くのはただ、ずっと先の大地の鼓動の様なものだけ。


(繋がってる)


あれだけ苦しかったというのに、何故か酷く身体が軽くて心地好く深く息を吐く。


それは本当にただの息で、安堵からのモノではない。

ただ息を吐き、吸って、神気を注ぐ……それはとても自然で、ダニエルという個は今、無に等しい。



──ズ……ズズ……


《ッ! ダニー!!》


低く深く、なにかうねる様な感触をダニエルが感じたのと、リルが叫んだのはほぼ同時のこと。


地についたダニエルの両掌から、甲へ手首へ腕へ……ゾゾゾッと這い上がり黒く染めていくナニカ(・・・)


とっくに限界など超えていたダニエルの身体は、まさに地と一体(・・・・)となろうとしていたのだ。


慌ててリルはダニエルの服を咥え、急浮上した。





「くっ……森の中のネイサンはまだしも、クリフォードまで騎竜できるとは……」


聖域まで向かう道中、ヘクターはクリフォードが騎竜できたことに少なからずショックを受けていた。


「いや凹む必要はない、俺も練習してたから。 お前と同時期くらいから」

「は?!」


クリフォードは脳筋ではあるが、馬鹿でもない。言い換えれば真面目で実直なのである。


偏屈で人嫌いのヘクター、ヘクター以上に腹黒くなにを考えているかよく分からんネイサン、アデレードとの関係性を見て、ダニエルが自分が仕えるべき相手と割と早くに判断していた。


一番の決め手となったのは、ダニエルがランドルフに鍛錬を申し出たこと。脳筋なだけに軍人寄りの彼は、辺境伯閣下(ユースト)とランドルフ大佐を尊敬している……『力とは物理』的な意味で。


『尊敬』という意味に於いて貧弱なダニエルにはあまりなかったが、心意気は買った。


「あの方に触発され、騎竜訓練をし出したのはお前だけじゃないってことさ」

「……ふん」


クリフォードは勿論、問題なく聖域にも入ることができた。


「アデレード様を追うか」

「いや、その前にあの島へ。 この湖の水は高濃度の聖水だ、少し汲んでおきたい。 その間にダニエル様が戻られるかもしれん」


どうせアデレードを追うのならば、会えた時に報告できれば尚いい。


「なんかココ、他よりキラキラしてんな?」

「精霊様達だ」


《『様』って言ったー!》

《おっ、案外わかってるぅ!》

《見直したぜ!》


「なんか……褒められてる? いや褒めてもないような?」

「なにを言ってるんだクリフ」


素直なクリフォードの方が精霊に好かれるタイプな為すんなり声が 聞こえたが、ヘクターには声が聞こえていない。

幸いそこには気付かなかったようだが……


《──途切れた(・・・・)!!》


「「!」」

「精霊様!?」


叫ぶように発せられたその言葉はヘクターにも届いた。


《途切れた!?》

《大変!》

《なにかあった!!》


今までとは違う不穏な点滅と騒がしさで、精霊達と思しき光は忙しく動き回る。


──ザバァッ!!


直後、リルがダニエルを咥えて戻ってきたことで、それの意味するところはすぐわかった。


「聖獣様!!」

《ヘクター!!》


ダニエルに意識がなかったのである。


──いや、それだけなら前回もそうだった筈だ。


しかし今回リルは狼狽えており、精霊達は騒いでいる。

そしてダニエルのどこか安らかともいえる表情とは裏腹に、顔には血の気がなく真っ白で──まるで死人だ。


《ヘクター! ダニーを連れてって!!》

「えっ!?」

《早く早く!!》

「何処へ?!」

《ずっと遠く! ココじゃ無いとこ!》


「! っ失礼します! クリフォード、ダニエル様をお支えしろ!」

「ヘクター?!」


それに気付いたヘクターはクリフォードにダニエルのグッタリした上半身を支えさせると、上着を脱がし出した。


「見ろ……」

「──これは……!」


シャツの袖を捲り上げるまでもなく、クリフォードも異変に気付く。

ダニエルの腕は黒く変色し、それは肘あたりまで続いていた。一見手袋をしているようにすら見える程、手首より先は黒く、てのひらに至っては真っ黒と言っていい。


「……瘴気ですか?」

そう(・・)だけど、多分チガウ(・・・)! 治せないもん!! リルじゃ治せないやつ!》

「どういうことだ……?」

「わからん……が……」


(神気や聖水じゃ治せないのなら、医者だろうか……)


「──聖獣様! 連れて行った方が宜しいのですか?」

《うん! 遠くに! ココじゃないトコ!》

「ここじゃない……遠くに?」


(冷静に考えろ……『連れて行け』ということは、きっと聖獣様が運べないところまで、というところだ)


「わかりました! ──クリフ、緊急事態だ。 閣下に至急報告を。 私はダニエル様を背負って領を出る(・・・・)

「! わかった……!」

「落ちないように縛り付けてくれ」

「ああ。 先に竜に乗れ」


正直なところあまりよくはわからないが、そうしなければならない状況なのはわかった。

クリフォードはダニエルのコートを脱がせ、それとリュックでヘクターの背に固定する。


「どこへ向かうつもりだ?」

「そうだな……とりあえず隣領へ。 ラングエッジ伯爵令嬢がまだいらっしゃるかもしれん。 どのみちサンドラは戻すしかない、手紙を付ける」

「わかった、気を付けて」


【どうでもいい補足】

脳筋だけにクリフォードの運動神経はいいので、ヘクターより騎竜が上手く、ヘクターはめっちゃ歯噛みした。

そしてクリフォードは単純な分、ヘクターより精霊に満遍なく受け入れられた様子。


ちなみにネイサンはすぐ騎竜に慣れたものの、飛翔時もイケるのかは今のところ不明。

ただし、ネイサンは多分精霊に好かれないタイプ。皆と一緒なら聖域にも入れるかもしれないが、多分ひとりじゃ入れてもらえない。


基本的な資質として腹黒い人は妖精に好かれにくいので、ダニエルもタイプとしては決して好かれ易くはない。

声が聞こえるのが遅かったのはそのあたりと、彼が元々よそ者なことも関係している。



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― 新着の感想 ―
[一言] ダニーが大変なことになっているがショックうけてるヘクターがかわいくて笑ってしまいます(笑) そして後書き…… ヘクターどんまい(笑)
[一言] あわわわわ……!!
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