福音の雨音。
「大佐、全体は今どう動いているんだ?」
「災害よりスタンピードが早いと見て進軍及び避難指示、保護を優先的に城壁内と東側への誘致。 害獣の取りこぼしを想定し街側には猟犬部隊と最警戒指示が出ておる」
トレントに応戦するふたりはその根を細かくしながら一箇所に纏めつつ、短い質疑応答を繰り返していた。
「王族のお二方は?」
「城壁邸内迎賓室へ、最悪隣の部屋から領東神殿へ転移して頂く」
「そうか……」
「気になりますかな?」
「そりゃね」
恋愛的な意味では全くない……ということもないが、それよりも浄化の力の強さだ。
「高位神官でもなかなかあれ程の力は持てない……修行したわけじゃないんだよね?」
「日課に礼拝はあるらしいが、血じゃろうな。 しかしおふたりには思いの外助けられた。 これでダニエル殿への辺境貴族の反発も更に弱まろう」
「ふん……」
『浄化を使えれば』という気持ちはトレントと対峙している今、余計に強くなっている。
(ダニーには『強くなる必要はない』みたいなことを言っておいて、自分がコレとはな)
ダニエルが来てからアデレードの優先順位は滅茶苦茶で、迷ってばかりいる。
でもそんな自分が嫌いじゃなかった。
もしかしたら今まで上手くやり過ぎていて、目を伏せ取り零してきたモノと向き合えている気がして。
今抱いている葛藤や渇望も。
「……大佐、なんかおかしい」
「ああ」
先程から急激に攻撃の手数が減っている。
「ピュイッ!!」
「ピュピュイッ!!」
「「!!」」
あまりにヌル過ぎるそれに違和感を感じ始めていたところで、唐突に竜達が警戒音を出し始め、ふたりは周囲を見渡した。
「えっ嘘……」
知らぬ間に多くの微弱な魔獣の気配。特に小鳥型の魔獣が多いようで、上部であることやこちらへの特別な害意がないことから早く気付けなかった。
「囲まれているというよりコレは……集まってきている?」
知能か本能かは不明にせよ、倒れる際に、樹液をなんらかの誘引作用のある物質として撒き散らしていたようだ。おそらくは、虫や鳥の冬眠前の蓄えの為の本能を刺激するようなモノなのだろう。
魔獣の気配の中心は切り離した側のトレントで、知らぬ間に木肌は樹液と呼び寄せた小さな虫で色を変えていた。
釣られて鳥や、虫を捕食する生物も集まってきたのだ。
「先程の樹液を利用されたか……! スマン、儂のミスじゃ!!」
ランドルフがそう言って、上空へと強い殺気を込めた一閃を振り放つと、バサバサと無数の羽音。
数羽が素早く動き出した根に囚われた。
こちらへの攻撃に利用するというよりも、目的は回復の為の捕食──自らの上部を餌にしたのだ。
「ちぃッ! グリード!! 上空旋回!」
「クルッ」
ランドルフは自身の竜に指示し鳥を近付けさせないように飛ばし、既に集まっているもの達は捕縛されないように追い払う。
「ッネイサン! まだぁ?!」
「もう少々お待ちを!」
ネイサンは魔力補助の為、少し離れた位置で紙に魔法陣を描いていた。
簡易的な術式だが指先を切りその血で直接描いているので、進みが遅い。
「──できました! アデレード様、コレを木に固定して!!」
「よしきた!」
術式の描かれた紙を渡されると、アデレードはネイサンの乗ってきた竜に付けられている矢筒から矢を4本、奪うように取った。
再び襲い掛かってくる根を躱しながら切り株まで辿り着くと、紙を拡げて矢を四隅に突き刺す。
「この地の生命力より出てし炎よ、捧げし我が血を種とし、発芽し開花せよ!」
通常は『恥ずかしいから』というしょうもない理由で詠唱を行わないネイサンだが、遠距離での魔法発動からそうもいかなかった様子。
内部からジワジワ燃やしていくやり方に、ネイサンを守り戦いながらつい愚痴を漏らす。
「ああクソッ……時間食うなぁ!」
「時間は……っ、そりゃかかりますよ!!」
進軍した部隊──そして狼達のような魔獣が心配だ。
出来る限り生かしたい。かといって負傷者……ましてや死者は出したくない。屠るしかないのであれば、自分が見届けたい。
(浄化が使えれば……使えなくても!)
「私が100人いたらいいのに!!」
「勘弁してくだされ! そんなにいたら、この爺は100倍心配で死んでも死にきれんわ……!」
「大佐なんて殺したって死なないでしょうが!」
「失敬な! ……ん?」
アデレードが自分の無力さを意味無くランドルフにぶつけていた時──
──ゴゴ……
僅かに地面が揺れる感覚。
「……噴火の前兆か?!」
「ダニーは……うわッ?!」
大きな揺れと共に発生した衝撃音──誰もが混乱する中で一瞬、なにもかもが認識できないぐらい白い光が辺りを覆う。
それは、本当に一瞬のこと。
しかしそれにより、まるで時が止まったかのように静まりかえった。
それが数秒程。
そして──
「…………雨?」
「いや、違う……コレは……」
キラキラとした水滴が上から降り注ぎ、過分な瘴気を浄化し中和していく。
その奇跡のような美しい情景に、ここにいる三人だけでなく見たもの全てが息を飲み、動きを止めた。
「聖水だ……!」
それは、ダニエルの目論見が成功したことを告げていた。
まさか聖水の雨が降ってくるとは思っていなかったけれど、予測できない程おかしなことでもない。
これは逆噴火による、湖の水だ。
(ダニー!!)
アデレードは駆け出し、シーグリッドに飛び乗った。
「ここはもうふたりで大丈夫だろ?!」
「ああ! 行きなされ!」
「後は頼んだ!!」
(ダニー! ダニー!!)
光の雫が暗い瘴気の森でキラキラと輝く中を疾走しながら、アデレードの心はダニエルの愛称をただ連呼していた。
伝えたい沢山の気持ちが、溢れそうな言葉が、心臓の高鳴りと共に全身を駆け巡ってもう正しくかたちを成せずにいる。
「……!」
聖域だったところに出たアデレードは言葉を失った。
湖から噴き出す水は高く高く、さながら数本の柱のように真っ直ぐに天へと伸びており、一種異様な光景と言ってもいい。
それはこの変動がただの自然現象でないことを物語っていた。




