頼もしい味方。
シーグリッドが近付こうとするも、触手のように蠢く枝と地中から伸びる根に阻まれ、上手くいかない。
しかしアデレードは、シーグリッドに気を取られたトレントの枝の僅かな隙を見逃さなかった。
「──ッ舐めるな!!」
魔力強化した身体を強引に回転させ、枝を無理矢理捻り切った。
それでも残った右脚に巻かれた枝を斬るべく柄を握ろうとするも、新たに襲い掛からんとする枝が邪魔をする。手刀で払い除けながら、ようやく柄を握ったその時だった。
──ヒュボッ!
火矢の正確な射撃によって、枝は焼き切られた。
(ヘクターか?!)
弓矢による救出からそう思ったアデレードだったものの、着地し振り向いた先にいたのはヘクターよりも遥かに大きな影。
「こりゃまた厄介なモノを引き当てましたなぁ……」
「爺!!」
そう……巨漢の筋肉爺大佐であった。
視線を移すとランドルフの更に先にはネイサン。
火矢を放ったのは彼である。
頼りになるふたりだ……が、正直『なんでこんなとこに』の方が強い。
「ランドルフ爺、どうして……」
──何故ここにランドルフがいるかというと、勿論彼が自ら『最前線に出る』と言ったからにほかならない。
「部隊先鋒に竜騎士を据え、一早い察知と周辺部隊との連携を。 アデレード様側にはホルン……いや、儂が出る」
ランドルフは先の指示に加え、シレッとそんなことを宣ったので、聞いていた軍の者達はざわついた。
「大丈夫なのか? ……いや凄い方なのはわかっているが、流石に」
「ああ……大佐って確か70超えてらしたような」
そう身体や年齢などの心配を口にするのは大体若い兵。
一方上官達の声は一様に、『言うと思ってたけどやっぱり言ったよこの人』という内容のモノ。一応『ホルン』と軍曹の名を出したのは、建前に過ぎないと皆わかっているのだ。
「大佐……」
「森奥の瘴気に儂よりも耐えれる者がいるならば代わってやる」
建前に使われたホルンが(一応は)諌めようとするも、ドヤ顔でそう吐かす始末。
だが若手は兎も角、中堅以上は皆知っている……齢70を超えて今尚、ランドルフが辺境伯軍最強であることを。
それは魔力量だけでなく、肉体的にも。(※尚、ユーストは除く)
既に次期辺境伯も似たようなことをやっちゃってるとは言え、状況的に『最高司令官が単騎最前線ってどうなのよ』と思いつつも、だから強くは止められないのである。
「軍曹、こうなるとこの御方には何を言っても無駄です。 私が補佐として参ります」
「ネイサン卿……しかし、卿は竜には?」
「物の数程ですが、少なくとも森の中ならば問題ございません。 器用さが取り柄です故」
こうしてランドルフとネイサンは最前線へと赴くことになり、今に至る。
「『どうして』はこちらの科白ですな。 いくら珍しいとはいえ、コレ如きに捕縛されているとは……」
質問には答えないまま、ランドルフはアデレードに呆れた顔を向ける。
それは少し前に、アデレードがダニエルのことで狼狽し話が進まなかった時に向けられた目と同じモノ。
ランドルフは年寄りの癖に、孫のように可愛がるアデレードにもこういう時の甘えを決して許さない。
「やれやれ、もうおしめは取れたかと思ってたんじゃがのう……まだ爺のお守りが必要な様ですな?」
「吐かせジジイ!」
息巻いて立ち上がる自分に対し「おや、反抗期かな」などと笑うのが小憎らしいが、尻を叩かれたのも事実だ。
「儂は木こりではないんじゃがのぅ……せいッ!!」
ぶつくさ言いながら竜から降りると、背中の大剣を抜いたランドルフはトレントの大きな幹を一撃で叩き斬った。
──ズズゥゥン……!
地響きのように音を立てて木が倒れ、まるで真っ黒な血のように樹液と瘴気が流れ出た。
倒れたことにより巻き起こる風と、切り離されてもがき足掻くように激しく蠢く枝に、常緑の葉が矢のように飛ぶ。
地中深くまでいくつもの根を張るトレントは、割られた位で死なない。
だがどちらも本体ではあれど、生命力は圧倒的に地に根付いた側が強く、上部が先のようには攻撃できなくなるのは時間の問題だ。
アデレードはボコボコと地面が揺れるのを感じながら剣を抜く。
トレントの根がドリルのように捻れ、鋭い形状に変化し地中から飛び出してくるのを素早く避け、斬り裂いた。
「お二方の仲がいいのは結構ですが、これはどうします?」
遅れて駆け付けたネイサンがふたりの竜を保護しつつ、少し離れたところから尋ねる。
物理攻撃などは一時凌ぎに等しい。
だからこそ火矢で攻撃したネイサンだが、本来火矢なんて危険なモノは森の中では使わない。先のは救出の為だけで、火そのものに魔力が紐付けられていた。
しかし残念ながら、制御できる大きな火を作れる程の火属性顕在魔力など、ここにいる三人は持ち合わせていない。全員、顕在魔力は全属性……というと聞こえはよいが、分類できないタイプであり潜在魔力特化型。特にランドルフとアデレードは物理攻撃タイプ。
魔法はそもそも補助的要素が強いので通常ならば問題ないが、相手が悪い。
この地で自然発生するトレントは花粉や樹液などにより、魔獣が死期を迎える場として誘引するものの、その本質は腐肉食生物だ。
狩猟生物ではない。
『珍しい』というのもトレント自体に危害を加えなければ、その辺の植物と基本的になんら変わらないからである。
そもそも通常森の奥に入ることはないが、『害獣化した』場合には捕食により某かの影響が出るので、結構後になってから対応することになる。
かなり昔にランドルフが一度だけ、害獣化したトレントを討伐したことがあるそう。
その際は毒物を使用したようだが、周辺の地の浄化が大変だったらしく、それからは防壁部隊と攻撃部隊に分けて駆除することになったらしい。
幸か不幸か、その珍しい二度目が今。
害獣化したとはいえ、木でしかも森の深い場所。
人的被害よりも問題なのは、討伐後の森の状態だ。放置して根を伸ばされると被害は拡大するので、即討伐が望ましい。
「ちと面倒だが、殲滅はできなくても苗木レベルまで弱体化させてから聖水をぶちまければいいじゃろう」
現在の状況的なタイミングとしては最悪の部類だが、早期発見の今、トレント討伐タイミングとしてはそう悪くない。
それにトレント討伐部隊としては向いていなくとも、この三人ならやれないことはない。
現にランドルフが枝葉のある上部をぶった切っている。
「やるしかないな。 ネイサン、攻撃に回れ。 私と大佐で援護する」
「御意」
【どうでもいい補足】
ネイサンは潜在魔力特化型ではなく、両方がそれなりに多いバランス型。ただしこれはちょっと異常な人が多い辺境伯領内において。多分王国内であれば、潜在魔力特化型に分類される。通常使われる魔法より術式を組み込むのが得意。
幼馴染み三人の中で頭ひとつ抜けていたことや影候補だったのは、このへんに理由がありそう。




