自分にしかできないこと。
ダニエルはリルに指示をして行けるところまで潜った。
「リル、僕が降りることはできる?」
《できるよ! ダニーは『あるじ』だから!》
「加護があるってことかな」
《そう、ソレ!》
リルとの会話は一を聞いて半分くらいまでわかれば重畳。元々大人の人間相手でも十わかるのは難しい、素直な分だけ有難いモノだ。
アデレードからの報告にあった、湖を中心とするこの一帯は『聖域』であるという予測は正しいだろう。
底に行くに従って瘴気が濃くなるのでどこまでが聖域かはわからない。リルが傍にいるからにせよ、この中では加護が強く働くらしく、ある程度自由は利くようだ。
(予想はしていたが、予想よりいい)
ダニエルはリルの背から降り、湖の底に降り立ち、しゃがみこみ手をつき集中する。
掌に、僅かに魔力を込めて。
──感じられる。
(きっと大丈夫だ)
相変わらず叫び声のような音は激しく響いていて、視界はとても悪い。
ちいさく安堵の息を吐くダニエルに、リルが不思議そうに小首を傾げる。
《ダニー?》
「言ったろ? これからはふたりでやろう」
本来の『主』はきっと自分じゃ無い。
申し訳なさや過分な重責からの逃げだけでなく、今、事実としてその認識を強めていた。
本来なら一方的に聖獣だけが動くモノではなかったに違いない。
『契約』の縛りは、そこまでの言語や思考による理解を必要としないとダニエルは考えていた。
『主』というだけあり、こちらの意思と能力には配慮してくれる──その結果が、今までのリルの行動なのだ。
契約内容は『この地の平穏』とかなのだろう。ダニエルにもその力と意思があるからこそ選ばれた。
ただし、能力は劣り、意思も漠然としていただけのこと。
だからリルは、自分のできる最適な方法としてダニエルの魔力を抜き攪拌を行っていたに過ぎないのだ。
これはダニエルの魔力量が問題だった。
血もあるにせよそれは精々増加速度であって、『主』に選ばれた時点でさしたる問題ではない。
そして、量の問題も今は概ね解決した。
あとは方法を示し、それをリルが『できる』か『できない』かだけ。
ダニエルは応えてくれる確信を持って、リルへのお願いを口にする。
「今度は僕に、君の力をくれないか」
おそらくこれが契約上の『主』の正しい姿。
あくまでも『ダニエルを主とした場合』のだ。
アデレードやユーストの場合、また違うアプローチにはなったのだとは思う。
《いっくよー!》
「うん! ──ッ!!」
リルはダニエルに神気を放出し、受け渡す。それをダニエルは魔元素の含まれる地層に伝える。
自身の魔力放出も全力で行っているが、ランプに注いだ時とも、ただリルに抜かれただけの時とも違う。
内臓から全身が浮遊するような感覚に加え、それとは真逆の圧迫感に潰されそうにもなる。
おもわずダニエルはぐっと小さな喘ぎ声を漏らした。
(──やる……できる!!)
だが、手応えはある。
ダニエルの目的は、比喩ではなく『流れを変える』こと。
魔元素の爆発はもうきっと止められない──ならばその圧を下に向けられないかと考えたのだ。
つまり、逆噴火である。
噴火に関する知識はスチュアートの論文が役に立った。
普通の山と火山の違いは地質そのものの持つ属性であり、火山になる地は火属性を持つらしい。
火属性を持つのが、魔元素による噴火の後なのか先なのかまでは調べても資料がなく、わからなかったようだ。
この山に関して言えば、カルヴァートの森の規模を鑑みるに、元の王国が栄えるよりも前の過去に、何度か大きな噴火があったのだろう。山の大きさそのものも、地震などでの隆起だけではなく、膨れ上がった魔元素による影響や噴火自体もおそらく関係している。
想定される災害としては飛散する岩石と、溶岩による火災。
魔元素が滞留して膨れ上がり、水を引き込みながら破裂する際山の火属性が働き、引き込んだ水が高温になりながら一部魔元素を含んだ土と結合することにより、溶岩が発生する。
この溶岩の粘度は土の質によるが、麓はすぐ森……火災の危険性は高い。
──だがこの湖の底から、少なくとも中腹から上は純度の高い聖水で満たされている。
噴火の原因が魔元素だけに、こちらを経由すれば被害は防げる可能性は充分にある筈だ。
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