力が足りなくても。足りないからこそ。③
※前半は面倒臭いファンタジー設定説明部分なので、そういうのには興味が無い方はすっ飛ばし、4段程空いてる部分から後を読んだ方がいいです。
魔元素とはそもそもなにか。
意味合いが漠然とわかっているのでは駄目だ。それ自体がなにを指すのか、という理解こそ大事──つまりこの場合、循環に利用される物質こそが鍵となるだろう。
スチュアートの論文には『地脈』とあるが、この地脈は地下断層の一部を指し、循環に関しては特に地下水脈の流れを示しているものと思われる。
つまり学術的には違うにせよ、魔元素とは『それを多量に含んだ地』である、と言い換えても問題は無いだろう。
魔元素は地下水脈の流れ、或いはその流れの影響を受けて分散される。その際に『動く』魔元素は、表面上の極一部。岩が小石になるように、流れ削られることで放出される。
『魔元素の滞留』とは、『地下断層が全く動かない状態』というよりも、『水脈の流れの影響を受けないままの状態で地に残り、固まって動いていること』──つまり、『分散はされないまま動いている状態』だとスチュアートは自身の論文でそう推測している。
魔元素の含まれる地下断層としてそのままの形を維持しているなら問題ない。滞留の問題となるのは、それが水脈の流れとは別の、地震やなにかの変動によって動いた時。
本来動くことで変化し放出される筈の魔元素は、それができずに地に溜め込まれる。
それらの魔元素は歪なかたちで結びついて膨れ上がる……それが『滞留』。
やがて飽和し容量を超えると、瘴気として漏れ出す。
噴火はその結びついた魔元素が、流れ変化する為に地下水脈から水を引き込もうとして起きる爆発……つまり原因を遡ると、かつて山が出来るほどの大地の変動があったことになる。
火山となったのは、魔元素の断層が山の一部として隆起し、地下水脈の流れの影響から分断された結果だろう。
つまり、水の流れと結びつくことこそ大事なのだ。
カルヴァート領が今まで噴火の憂き目に遭うことなく保たれた背景には、降雪量の多さも要因のひとつと考えられる。
湖は地下水脈そのものではあるが、流れているのは極一部。循環はしていても滞留した魔元素の僅かしか放出はされない。
──ただし、この湖の表面は純度の高い聖水。
(抜かれていたのは潜在魔力だけじゃない……質の問題であれば、もしかしたら)
「リル! もう一度試してみた……っ!?」
活路が見えた気がして、ダニエルは再び潜水に挑もうとするも、当然ながらアデレードにアッサリ止められた。
「ダメだって言っているだろうが!」
「あ、アデル様……ですが!」
「ダニー、焦る気持ちはわからんでも無い。 だが一人で突っ走るな」
「あ……」
他者の生命に関わる重責を担う、というのはダニエルにとって初めてのこと。
今まで卒無くこなしていたように見えたことすら、実のところ相応にプレッシャーを感じていたぐらいだ。ましてやこんな危機的状況──冷静さを失っても仕方ないことかもしれない。
だが、無謀な行為は犬死を招く。
「私達とてなにも考えてないわけじゃない。 このままじゃまずいのはわかるし、できることをしたい。 いいか? 我々は一蓮托生だ。 まずは情報の共有を」
「……申し訳ありません」
「謝罪はいい、まずは回復しながら説明だ。 いいな?」
厳しくそう言うと、ダニエルの落とした肩をポンと軽く叩く。
「……いい案が浮かんだんだろう?」
その声はハッキリとしているが、先程とは明らかに違っていた。顔を上げたダニエルに向けられている表情は、凛々しくも不敵な笑み。
「──ッ」
名状し難い複雑な想いが突き上げてくるのをぐっと堪えながら、ダニエルも無理矢理口角を上げ、力強く頷いた。
「やってみないことにはわかりませんが──」
ダニエルの話を聞いた後、報告の為に再びヘクターが竜に乗る。
大木に凭れて座り込んだまま、上空へと飛翔するその姿を見ているダニエルの表情は、固い。
先程のダニエルらしくない暴走は、状況への焦りもあるだろうが、最たる理由は『まだ、できるかすらわからない状態』にあったのだろう。
ヘクターには『このことの報告はまだ留めるように』と指示した。ダニエルの計画が上手くいけば一番いいが、上手くいかなくとも今まで通りやってもらうよりなく、それが今できる最善。
軍への指示は変わらない。
他に指示変更がある場合──それは、より悪い状況に進展した時だけだ。
アデレードの心情もまた複雑だった。
まだかたちばかりの、とすら言えない夫。彼は下士官ではなく、元文官。
王都では色々あったようだが、戦闘経験どころか戦闘からの避難経験すらないだろう。
(だが……それでも)
「ロックバードに向かっていった時──」
「え?」
「あの時も君は考えて最善を尽くしただろう? 上手くいくかもわからないのに」
「あの時は……」
「無論、同じじゃない。 私も『気負うな』とは言えない、皆の生命がかかっている──でも、君はあの時と同じように、最善を尽くしてくれればいい」
「ですが……!」
「ダニー」
アデレードはダニエルの顔を両手で挟み、顔を向き合わせて問う。
「婚姻の意思はまだあるか?」
「ッ勿論です!」
「そうか」と短く返したアデレードの表情は、真剣なまま。
「ならば君は『次期辺境伯の夫』であり、この領の一員──」
口調は静かだが、重い。
「これは命令だダニエル。
いいか? 『最善を尽くせ』」
「──」
あの時と同じとは言うが、全く違う。
ダニエルはもう、庇護されるだけのお客様ではない。共に戦う者だ。
それはダニエルが、最も望んでいたこと。
目を僅かに伏せた後で、小さく深呼吸をするように息を吐き、吸い込む。
頬を包むアデレードの手に自分の手を重ねながら、視線を上げた。
「……畏まりました。 私の女王様」
自身が『夫』であることをふまえ、ちょっとばかり気の利いた返事をしてはにかむダニエルの表情に、もう虚勢じみた硬さは見られなかった。
「ダニー、私も試してみたいことがあるんだが……いいかな?」
「はい、な……んっ?!」
『いいかな?』と聞いたくせに、返事を待たぬままアデレードはダニエルの唇を自身のそれで塞いでいた。




