力が足りなくても。足りないからこそ。②
なんとか意識を失わずにリルの行動を見届けて陸に戻ると、ヘクターも既に城壁から戻っている。
ふたりの難しい表情からやはり状況は良くないのだと感じたダニエルは、疲労困憊の身体を小島の中心の木に凭れて休めつつ、報告を促す。
「こちらを」
スチュアートの研究論文に関しては、ダニエルには最新のモノ以外必要ではなかった。
アデレードの幼馴染みで優秀なイケメンのケイジ子爵の愛息子をダニエルが気にしていない筈はなく、彼のことを調べる際に研究論文にもキッチリ目を通している。
(こんなかたちで役に立つとは思わなかったが、助かった)
まさに恋心を自らの動力源とした成果である。
スチュアートから直接話を聞いた皆よりも、ダニエルは内容を深く理解することができているものの、今回の件とそれとを結びつけるには至らなかった。
そしてランドルフ達は逆に、こちらの状況を知らない。
今報告書と共に研究論文を渡して貰えたことは、今後の対策を考えるのに非常に有益であると言える。
リルの言ったことや先程見たことを説明しつつ、ランドルフの報告による現状とを、スチュアートの論文に照らし合わせてダニエルは自身の考えを述べた。
「おそらくリルの言う『うるさい』の元は、滞留した魔元素が魔素や瘴気として放出されることなく、膨れ上がる音なんだ。 それが臨界を超えると、噴火が起こる……今一番の懸念はケイジ卿の言う噴火の方かも」
リルがやっていることは湖の奥深くまで潜り、神気を放出して地底の沈澱物を攪拌させるようなこと。
それは『魔元素の滞留』を問題の原因とするスチュアートの説とも一致するように思えた。
リルのしていることの目的は魔元素を動かすことと考えてよさそうだ。
自分の力がどう使われているかについてはまだよくわからないものの、潜在魔力が『共感』──或いは別だとしても『伝える力なのでは』というランドルフの考察もヒントになりそうである。
周囲の状態は視界が悪くてよくわからなかったが、おそらくその原因は瘴気だろう。リルの放った神気により、それらはキラキラ輝きながら上へと消えていった。
《浄化はできるけど、それはリルだから》という、精霊の言葉はここにある。
意図的ではなさそうだが、魔元素の循環と同時に浄化も行っているらしい。
だからこそこの湖の水は聖水なのだ。
「だが瘴気溜まりは? 流れ出した魔元素の変質によって発生しているのなら、噴火の心配はしなくても平気なのでは?」
「いいえ、そうは思えません」
──多分リルと僕の力では足りないから。
(今それを言っても、ただの弱音だ)
「……滞留している量に比べて流れた量が少なく、詰まっているのではないかと」
スチュアートは問題を『噴火』としているが、スタンピードも結局のところ原因は同じ。滞留した魔元素だ。
魔素となるよりも、分散する瘴気変化量が多いことがスタンピードの懸念と言っていい……そうダニエルは考えた。
「流れ出したこと自体はいいけれど、スピードが遅過ぎるから瘴気に変化する、或いは瘴気として漏れ出すのではないでしょうか。 ならば一気に噴出することが、スタンピードの懸念を払拭する方法──つまり滞留により瘴気変化しやすくなった、またはした状態を自浄する作用が噴火なのだと考えます」
噴火はそれ自体が脅威だが、魔元素の瘴気変化は抑えられる、或いは打ち消すと見ていい。
スチュアートの研究での領東の川付近の肥沃さや、過去資料からの考察がそれを物語っている。
(中途半端に流したことで、どちらの脅威にも晒されているんだ)
ダニエルは内心で歯噛みしながら、なるべく冷静に解決策を思案していた。ふたりへの説明はそのためのアウトプットでもある。
「噴火はある意味で自然による救済という訳ですね」
「うん。 だからと言ってこのまま噴火させるのもやっぱり危険だと思う。 噴火以外でその方法をっ……ごほっ!」
「ダニー!」
「だっ……大丈っ……ごめ、水を」
ダニエルは咳き込みながら湖を指差す。
体力を消耗したまま、喋り続けた彼の喉は自分でも気付かぬうちにカラカラに渇いていた。
ヘクターが慌てて食糧袋の傍に置かれたコップを取り、湖の水をすくって渡す。
「ダニエル様、どうぞ」
最初は少しづつゆっくり、ダニエルはコクコクと音を立てながら水を飲み干した。
「……ぷはっ! ありがとう、助かった」
「ダニー、少し休んだ方がいい」
「いや、大丈夫です! それより流石に聖水、生き返っ──…………」
(聖水……水……)
「どうかした……あっ?!」
ダニエルは渡されたコップの水を眺めると、急に立ち上がって湖の淵まで走る。
「待てダニー!!」
また水の中へ潜る気かと思ったアデレードも急いで後を追う。
しかしダニエルは湖の淵で膝と掌を地べたに付き、なにかを眺めているようだ。
「──やっぱり」
「……ダニー?」
(水位が上がっている)
今まで魔元素を動かし、その際瘴気を浄化していた分が増えている──それは考えれば当然のことであり、それでいて重要な気付きだった。
 




