カッコよくとはいかないけれど。
「──廃墟に! 階段の下に空間がある、隠れよう!」
「は、はい!」
教会より近い先程の廃墟に隠れるようメイドへ指示を飛ばし、ダニエルも上空を窺いつつ後ろから走る。
──ドスッ
「ひぇっ!?」
指示を飛ばしたダニエルの足元に飛んできたのは、矢。
(飛ばした途端、飛んできたのがコレとか!)
……全く笑えない。
背中に冷たい汗が流れる。
このままじゃ巻き込まれる……否、既に巻き込まれていた。
──トスッ、カツンッ
「っぶねェなァ! もう!」
場所が悪いのか矢がいくつも降って来るので、とりあえず一番近く──廃墟に辛うじて残っている柱まで走る。
とはいえ身体が半分隠れる程度。ちょっと斜めから矢が来たら防げない。
メイドが無事階段下へと入ったのを目視で確認し、僅かに安堵した。
タイミングを見計らってあちらに移動しなければ、と考えていると、
「……ダニー!!」
降ってくるキースの声。
「逃げろ!」
「言われなくてもぉ!」
(既に逃げてますけどね!? ……つーかさぁ!)
忙しなく上下左右に高速移動を繰り返しながら、隙を見て懐へ入り剣を振るうキース。
矢を体躯に受けつつも、爪や嘴で応戦するロックバード。
(他人の心配してる場合じゃないだろ!!)
狙いを定められたのか、今単騎に於いては、完全にキースとロックバードの戦いになっている。
ダニエルはもう戦いから目が離せず、移動なんて忘れていた。
「……クソッ」
何故か口から漏れる罵倒。
意味もなく瓦礫を握る。
身の危険への不安よりも遥かに強い、なにも出来ない自分への歯痒さ──それはただの心配とは少し違う、今まで感じた事の無い高揚感と共にそこにある。
身体の中で血が沸騰しているような、そんな感じだ。
高度を維持することが難しくなったのか、上空とはいっても既にかなり低い位置。
威嚇行動か、一際高い声を上げたロックバードは、一度大きく羽根を羽ばたかせる。
その強い風はロックバード下の地面を削る程。
キースの竜はすかさず上昇し、衝撃を避けている。
(あんな引き綱で!)
よく態勢を保っている……
「……うわっぷ!?」
それなりにまだ距離のあるこちらの周辺の瓦礫もガラガラと音を立て、土埃が上の方まで上がる。
煽られながら両腕でガードしつつ見ていたダニエルの顔にも、色々飛んできた。
口の中がジャリジャリして、ペっぺと唾液を吐き出す。
「──これは」
(もしかして、イケるんじゃないのか?)
「……よし」
身体は熱いが、頭は冷えている。
それを確認するように呟く。
あとは衝動に任せ、瓦礫を掴んだままダニエルは、塔へと駆け出していた。
「若旦那様ッ!?」
螺旋階段を駆け上がるダニエルに、メイドの悲鳴のような声。
それを省みることなく走り、一番上に着いた彼は大きく息を吸い込んだ。
「こっちだアアァァァァァァ!!!!」
「ダニー!? くそっなにをやって……!」
キースの竜が旋回し、こちらへ来る。
「ああああああああぁぁぁ!!!!」
それに構わずダニエルは叫び続け、持っていた瓦礫の欠片をロックバードに向かって投げる。
全然届いていないが、それは問題ではない。
まずは興味を引いて隙を作るのは勿論だが、それも目的ではない。目的は──
(こい……ッ!!)
「ピギィィィッ!!」
──バサァッ!
ロックバードも旋回し、鳴き声を上げ大きく羽ばたいた。
再びの威嚇行動。
(きた!!)
低い位置でのそれは、爆風のように土の塊と瓦礫を巻き上げる。
「────っらあァァ!!」
ダニエルは渾身の魔力で巻き上がった広範囲の土塊を拾い集め、ロックバードに向かって叩き付けた。
攻撃力など皆無な、 弱い土属性魔法で彼にできる唯一の攻撃。
それは──目潰し。
ロックバードはなんとも名状し難い叫び声を上げて、バランスを崩す。
ほんの一瞬こちらに感じたキースの視線。
ダニエルは膝から崩れ落ちながらロックバードを指差す。
「ッ! シーグリッド!!」
実質的な攻撃は、他人任せだ。
気持ち的には『僕のことはいいから後は頼んだ……!』とか言いたいが、魔力量の少ないダニエルもまた力尽きてバランスを崩していた。
竜に指示を飛ばす声に安堵しつつも、階段から落ちないようにするので精一杯で、なんとかその場にへたり込む。
斜め上から凄いスピードで、ロックバードへと突っ込んでいく美少年竜騎士の、勇猛果敢な姿を視界の端に入れながら。