加護と責務。
──ダニエルは夢を見ていた。
それは夢であり、夢ではない。
(ああこれは……さっきと同じ……)
「シエルローズ殿下、こちらをお願いします!」
「任せて頂戴!」
(あれっ?! なんでローズ殿下がここに?)
神殿では自分のことでいっぱいいっぱいだったダニエルは、ローズを認識できていなかった。『やっぱり夢かな?』と思う程今彼女は、きびきびと浄化の為に動いている。
「あまりご無理なさらず」
「ダニーと奥様はもっと大変なんでしょう? 安全なところで浄化するくらい大したことじゃないわ」
(ローズ殿下……)
夢見がちだったローズの為に尽力してきたつもりだったけど、ただ甘やかしていただけかもしれない。
ふと、ダニエルはそんな風に思う。
ダニエルは悪くない婚約者だったが、取り立てて良くもなかったのだろう。
気持ち的には妹のように思っていたが、兄と妹ではないふたりだ。兄妹のような関係を築くのに、身分差を踏み越えて苦言を呈すことまではしなかった。そして本来すべきだった、婚約者として彼女に添うこともしなかったのだ。
身も蓋もない言い方をすれば結局のところ、相性とタイミングが悪かったのだとしても、一端にはダニエルも責任がある。彼女を抑圧している環境の一部だったのだから。
ローズが内向的で卑屈で夢見がちなのは全て事実だが、それだけが彼女の全てではない。
その証拠に今、彼女は知らない人達に囲まれながら堂々と浄化を行っている。
(なんだか主人公みたいだ……ああ、僕自身にもそう思ったんだっけ)
本の主人公に憧れながら、決して自分はそっち側にはなれない……そうやって諦めていたのはなにもローズだけじゃない。
ダニエルもそうだった。
『自分の人生の主役は自分』という言葉が頭を過り、ダニエルは笑った。それを『安っぽい文句だ』と思っていた自分に。
いくらチープな綺麗事でも、そこにはある種の真実が確かに存在する。
(──あれっ?)
急に、視界がぐるりと回る。
場面は転換し、閑散とした街の風景。
「見て! 空が真っ黒!!」
建ち並ぶ住居の一室で、子供が窓の外を指差して叫ぶ。好奇心より恐怖が勝ったらしく、子供は咄嗟にカーテンを引くが、気になるのか窓からは離れようとしない。
どこかで見た事のある顔だ。
上空では竜騎士達が飛行型害獣の駆除にあたっていた。
一羽一羽に然程の脅威はないが、すばしっこく量が多いので駆除という点で苦戦を強いられている。
(もうこんなところまで害獣が!)
いよいよ先陣の数羽は領門のある街まで到達しており、竜騎士の指示で地上の弓部隊が素早くそれを仕留める。
落下した骸が瘴気の黒い霧を吹き上げながら、先程の民家の窓に激しくぶつかり、カーテンの隙間から見ていた子供がヒッと声を上げた。
「お父さん……!」
「大丈夫だよ」
薄暗い部屋で不安気な子供達を宥める両親。
父親の方は、クビになってしまった御者だった。
(道理で見た事がある筈だ。 彼等の引越し先か)
以前と同様に平民の共同住宅のようだが、少しだけ前よりも広くいい部屋なのがわかり、安堵する。
やはりユーストは充分に配慮してくれたようだ。
子供達に目線を合わせ、男は優しく頭を撫でた。
「辺境伯閣下や竜騎士様達が頑張っているだろう? それにお前達もお会いしたじゃないか、お優しい若旦那様と……凛々しい姫様を」
アデレードの形容にやや間が生まれたのは、ダニエルを追ってきたアデレードがちょっとアレな感じ(※お察し頂きたい)だったからである。
「私達のような一領民のことをちゃあんと気に掛けてくださっている。 心配要らない」
「でもあのお兄ちゃん弱そうだったよ?」
「お姉ちゃんは強そうだった!」
子供達はそう言って、怖いもの見たさからまたカーテンの隙間を覗く。
それを苦笑気味に眺めながら、御者だった男がポツリと呟いた。
「……若旦那様は、大丈夫だろうか」
「あなた」
温かい茶の入った素朴なカップを夫の前に置き、妻は手を重ねる。
「祈りましょう……それくらいしかできないけれど、せめて」
そして映る、アデレードが救い出される瞬間。
(ああ……!)
──皆のお陰で……!
アデレードを救った媒介がなんだったのかを察したダニエルは胸が熱くなった。
支えられているのは、自分の方だ。
沢山の人の想いが、力になってくれている。
その後も、ダニエルに今の状況を伝えるように、様々な人と場面の変化が目まぐるしく起こった。
その度皆に感謝の念を抱きつつ──
伝わってきた諸々はいいことばかりではない。
(状況はあまり芳しくない……)
今のやり方では、おそらくどこかに大きな被害が出るのは時間の問題。
きっとそれを伝える為に見せられたのであり、夢でありながらこれらは現在起こっていること。
『北の森の守護者』の契約されし主が故に。
(なにか、方法はないのか?)
ダニエルはこの事実を重く受け止めねばならなかった。




