与えられただけではない、自分の役どころ。
※読み飛ばしても特に問題ない王族姉弟回です。
「ふう……」
「お流石です、殿下」
森の浅い付近まで瘴気溜まりの発生は広がっていたが、ローズとオスカー両殿下の活躍により、その進行は食い止められていた。
「ですが、少しお休みになってください」
「お言葉に甘えさせて頂くわ。 また私でも消せるレベルのモノがあったら声を掛けて」
「ありがとうございます」
ローズと遣り取りをしているのはフローレンス・モルゾフ中尉。ランドルフに憧れて出奔してきたという、アデレードに負けず劣らずジャジャ馬の元御令嬢……現在は嬢とは言えないご年齢の美魔女である。
『中尉と書いて姐御と読む』と言われるモルゾフ中尉の案内で、ローズは休息用の天幕に入った。
「姉上」
「オスカー」
そこにいたのは、同じように浄化をしている王太子。
悪くもないが良くもない仲の姉弟だが、それなりにざっくばらんに話す程度には親しい。
「姉上があんなこと言い出すなんて思いませんでした……本来アレは、私が言うべきことでした」
「はァ? 何言ってんのよ。 むしろアナタは帰るべきだったんじゃないの?」
オスカー殿下は王太子でまだ14。
国は平和で辺境伯と国王陛下の仲が良いとは言え、有事ならば留まるべきではない。
ローズの言う通り、姉を残し警備を厚くして帰るのが正しい判断だろう。
「そこはわかってますよ。 詳しく言うと『王家からは浄化人員としてシエルローズを残し、私は戻り陛下に報告する』と言うべきでした」
「うっわ、酷い……!」
「それが最適解かと」
オスカーがそれをしなかったのは、姉を舐めて下に見ていたからである。
だから本当はふたりで戻るつもりだった。
だが姉の決断に驚き、出遅れたのだ。
「貴女から言われてしまったのでは、私が『帰る』とも言えないでしょう」
不貞腐れたようにそう言ってはいるが、それは本心ではない。
確かに面目は大事だが、誰もまだ自分にそんなものや最適解など求めちゃいないのも、オスカーは知っていた。
だから己の為に、ここにいる。
「……そもそも姉上はここへも来れない筈だったのです。 ただ、ブランドルに請われて」
「ダットンに?」
ダットン・ブランドルはローズの新たな婚約者となった騎士。
繊細な顔立ちの割にズケズケ物を言う彼だが、決して脳筋ではない。
『察知』と拗らせた潔癖さから、相手の思う自分を演じてしまいがちなローズが心を開いたのは、彼がローズに表裏を使い分けなかったからだ。
「ええ、『ローズ殿下はなにも考えてません。 ただブラック卿の幸せを見届けたいだけです』と」
「前の一文が余計だわ!」
「正しいでしょう──姉上は王族に向いていない。 環境のせいもあるでしょうが、今更です」
ローズは言葉の裏が読めても、適切な対応はできない。それが主立った理由ではないにせよ、適切な教育を施すにも『察知』は繊細過ぎて耐えられなかっただろうことを鑑みると、教育から外すのは強ち間違った判断とは言えなかった。
(でも、それを姉上自身が弁えているとしたら)
ダニエルを重用してるとすら思っていたオスカーがなにより衝撃だったのは、辺境の皆のダニエルへの信頼。
ローズに政治的役割などなく、相応の知識もないし、なにより上手く立ち回れない──確かにダニエルは彼女には過ぎた男だ。
だが、ここまでとは思っていなかった。
オスカーはずっと、姉をただの愚か者だと思っていたけれど、ダニエルの真価をわかっていたならそうじゃないかもしれない。
やり方は褒められたモノじゃないが、姉のダニエルへの評価や行動のなにもかもが、結果としては正しかったことになる。
その中にどんなにくだらない打算や保身があったとしても、それはオスカーにとってささいな問題だ。
これからの自分にとって一番必要なのは、『人を見る目』なのだから。
姉にもダニエルにも、その点に彼なりの反省があった。
「お陰様でもうすぐ『正しい王族』でもなくなるわ。 でしょ?」
婚約者は決まったが、夫となる男に土地と爵位を与え臣籍降下するにも、相手は伯爵家の次男坊で騎士。
立場としてはダニエルと似たようなモノだが、突然であるが故にローズの処遇はまだ決まっていない。
ただ当の本人達は地位や権力へのこだわりのなさから、楽観的である。
これでもう表舞台には出なくてすむだろう……そんな風に思っているくらいなものだ。
姉の言葉にオスカーは年齢にそぐわないシニカルな顔で笑う。
「だから残ることに?」
「散々やらかしたもの。 最後くらいはそれらしいことをしとこうと思っただけ。 ふふ、確かに『なにも考えてない』かもね」
そう笑うローズの言葉は相変わらず卑屈とも取れるが、その表情は清々しい。
ローズにとってダニエルは尊敬できる人だったけれど『虫も殺せないような男』と思っていたのも事実。
そしてそれが間違いだったとは欠片も思っていない。
(変わったのだわ、ダニーは)
だから、きっとそうなのだ。
ダニエルが変わったのなら自分も変われる筈──
「ローズ殿下、よろしいでしょうか」
「すぐ行くわ! じゃあね、オスカー」
モルゾフ中尉に呼ばれ、嬉々として席を立つシエルローズ。
表情もそうだが、こんなに生き生きしている姉を見るのは初めてだった。
(役割が人を作るのか……いや、考えるのは後だ)
「私も行きます!」
残ったからには、王族としてできる今の最適解がそれ。やや腹黒い王太子少年も、年相応のあどけない表情で姉の後に続いた。




