エンディングはヒロインが起きないと始まらない。
「ふぉおおぉぉぉ……!」
「変な声出さないでくださいアデレード様……」
「へ、ヘクター……だってほら、ダニーの髪フワッフワ」
「……変態ですか?」
「今のうちに触っておこう」
「変態ですね」
強烈な肩パンによりウッカリダニエルを倒してしまったものの、とりあえず普通に呼吸している。
そのうち安らかな寝息を立て始めたので、これは心配要らないだろう、と判断し膝枕に至る。
「彼等も呆れているのでは?」
ヘクターはそう、やんわり光る空中に目を向けた。
冷静でなかったアデレードにダニエルの無事を教えたのは、冷静なフリをしていただけのヘクターではない。
精霊達の声である。
「……呆れてるというよりは、笑ってるな。 うっすらとしか見えないけど。 リルは見えるの?」
《見えるよ!》
そう言ってブンブン尻尾を振るリル。
既にアデレードとも仲良しである。
「コホン。 せ聖獣様……撫でてもよろしいでしょうか?」
《いいよ!》
「うわぁ~モフモフぅ~」
《ウフフ、くすぐった~い》
ついでにヘクターとも仲良しである。
「はしゃぎすぎだろヘクター」
「アデレード様だってダニエル様を撫でてるじゃないですか!」
当初身構えていたリルを宥めすかしたのも、その為にリルにアデレードの匂いを嗅がせたのも精霊達だ。
本来聖獣との契約主はこの地を愛し、この地に愛され、この地を統べる者──つまり、辺境伯である。
アデレードと愛を育むより前に、この地と愛を育んでしまったダニエル。
彼を主にしてしまったものの、アデレードからも似たような匂いがしてリルは困惑した。
おそらくユーストがいたら更に困惑しただろうが、結果は同じだろう……最終的にリルは『みんなミカタ!』で片付けたので。
「アレも君達のおかげ?」
そう精霊達に尋ねる。
最初は光の点滅に過ぎなかった精霊達の姿が、今のアデレードにはうっすら見えていた。
彼女もここにきて急成長を遂げている。
ダニエル程ではないにせよ顕在・潜在共に魔力を酷使したことが原因。
加えてこの地の源泉とも言える聖水を摂取したことで力がこの地に馴染み、この地の力を以て引き上げられたのだ。
当然ながら成長の速さはダニエルよりも上……本来、契約主はユーストかアデレードなのだから。
むしろリルがダニエルを選んだことが、全くのイレギュラーな事態と言っていい。
《アレってな~に?》
《な~に?》
「助けてくれただろう? ああ、お礼も言ってなかったな、ありがとう! しかし一体どうやったんだい?」
《ウフフ、『ありがとう』だって★》
《お礼を言われちゃった~♪》
《ダニーと一緒!》
《ダニーと一緒!》
そう言いながら、精霊達は踊るように飛び回る。
「ダニーと一緒?」
《お礼を言ってくれた!》
《言ってくれたから、お手伝い頑張っちゃった★》
「お手伝いって?」
《アレはダニーの力なの》
《ダニーがお願いしたの》
──あの時。
ダニエルが意識を完全に失うことなく夢現でいられたのは、ひとえに潜在魔力量の増加のせい。
魔元素の浄化の為にリルがダニエルから一気に抜き出す魔力量より、ダニエルの持つ魔力量がそれを上回ったので意識が残ったのだ。
では、それが何故突如失われたのか──残った魔力が別の者によって抜かれたからである。
そう、精霊達だ。
聖獣であるリルとは違い、彼等は一体一体の力が弱い。
しかも精霊達は我儘で、気紛れに人の地に赴いたり人に姿を見せたりする癖に、自分達の場所に人が不躾に足を踏み入れることを非常に嫌う。
そもそもの倫理観が人とは大きく異なる──人が伝聞などで聖地には敬意を示しても、精霊達は概ね『惑わす者』扱いなのはそのあたりの感覚的齟齬があるからだろう。
この地を愛すが故に聖獣に連れられてやってきたダニエルに、もともと精霊は好意的だった。更にダニエルが彼等に感謝を告げたことで、好感度と興味関心は爆上がり。
それは精霊達に『あの子の為になにかしたい』と思わせる程。
そこにきて『キースを助けたい』というダニエルの強い願い。
精霊達は嬉々としてそれを叶えるべく動いたのである。
《よ~し! 『きーすくん』のところへ向かおう!》
《急がなきゃ間に合わないよ~》
《早く早く!!》
そうは言っても彼等は精霊。
精霊はこの地と繋がり、同様にこの地に生かされている魔獣にも干渉できる。
だが瘴気に侵されている狼達には、その声など届かない。そして狼達をどうこうする程の力もない。
《ダニーの魔力を使おう!》というのは特に話し合うこともなく決まっていたが、リルのように溜め込んで変換するのは精霊達には無理だった。
《どうする、どうするゥ?》
《どうしよー、どうしよー》
《──あっ、見て!》
そこに現れたのがヘクター達である。
《なんかきたー!》
《使える?》
《ダメ、使えないヤツ!》
潜在魔力の量と相性からダニエルには声が聞こえるようになったけれど、他の者には精霊達の姿は見えない。
丁度よくヘクターが来たものの、彼は見えないし聞こえない程度の潜在魔力しか持っていなかった。
ヘクターの許容量を超えたダニエルの魔力を渡すのも、直接は無理。
なにか媒介が必要。
《みんな! コレ見てッ!!》
どちらの問題も解決するのが短剣だった。
ダニエルが両親から譲り受けたこの短剣は、『守り刀』だけに魔力付与されており、オマケにこの地の屑魔石を削って蜻蛉玉にした組紐が付いていた。
ダニエルから抜いた魔力を保管し、媒介とするにはうってつけ。しかも物体。
《せーの、》
《《そーい!!》》
妙な掛け声と共にダニエルから抜いた魔力を短剣に入れると、シーグリッドに指示して拾わせ、そのままアデレードのところまで先導した。
あとはアデレードに届けて力を解放させるのみ。
しかしどうにも間に合わなさそうだ。
《使えない》認定されたヘクターだが、これは彼に頼るしかない。
《コレ投げてー!》
《ダメだ聞こえてないよッ!》
《みんなで力を合わせよう!!》
《……せーのッ!》
──『 ナ ゲ ロ !!!! 』
それは強く頭の中に響いただけでなく、精霊達の声に呼応するようにヘクターの身体を動かしていた。
「くっ……!!」
風魔法に乗せて放った短剣は、凄まじい速さでアデレードの剣へと一直線に向かうが、それに攻撃の意思はない。
あくまでもダニエルの魔力媒介であり、その目的は『大事な人を守ること』。
最終的には風魔法の威力も森の魔素をも取り込んで膨れ上がり、対象物に触れたことで解放されたのである。
チカラの主となるのは、ダニエルの力を変換させた『浄化』──リルを介して行っているのと同じ作用だ。
精霊達の拙い説明ではそこまでわからないものの、ダニエルが救ってくれたことだけは伝わった。
《助けてってお願いしたの!》
《『きーすくんを助けて』って!》
「……!」
彼は強く願ったのだ。
『キース』のことを『助けて』と。
「ダニー……」
既にアデレードはダニエルが向けてくれた『アデレード』への気持ちを何度も感じている。
だからこそどんどん言えなくなっていた、より本来の自分の存在。
──馬鹿なことをした、と思う。
フェリスの言う通り、さっさと言えば良かったのだろう。
だがそうしたかった、あの時の気持ちは今もまだ同じまま。
アデレードは『辺境伯の娘であり、婚約者』としてじゃなく、個としてダニエルと一緒にいたかった。
それが少しかたちを変えたとしても、その気持ちは変わらない。
いや、今は次期辺境伯としてもダニエルを望んでいる。
少し癖毛のダニエルのしなやかな髪を撫で、アデレードはふっと笑う。
(私は随分我儘で欲深かったらしい)
『両方くれ』と言ったら、ダニエルは呆れるだろうか。
それとも──
「……早く目覚めて、ダニー」
(まずは、この厄介な『初めての夫婦の共同作業』を終わらせなければ)
まだ、なにも終わっていない。
これを終わらせなければ始まらないのだ。




