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夢だけど、夢じゃない。


『私にはできる筈』──それは自分を奮起させる類のモノではあるものの、過信からの慢心とも紙一重。

残念ながら今回のアデレードは後者だった。


冷静に考えれば『シーグリッドの能力とヘクターの機知を信頼してその場に留まり、なるべく体力を温存しながらやり過ごす』のがこの場合の最適解と言える。


まだ体力的に余裕があることや、自身の立場や責務への理解、そして高い自尊心と焦りが彼女の判断を鈍らせたのだ。


「はあっ……はぁ……っ」


(マズイな、息が上がってきた)


そもそも突破自体、無茶過ぎる計画。

身体強化できるとはいえアデレードは人間なのだ。

森を住処とする獣とは質が違う。

シーグリッドに乗っているならまだしも、人間の生身の脚力で『突破できる』と考えたことは浅はかでしかない。


地の利があるなら広いところに出るなり、逆に囲まれないような崖や川を背にするなどもできただろうが……ここは森の中。

囮としての役割は確かにできたが、それだけに過ぎない。


一旦突破したからといって、そのまま素直に片側から攻撃してくるわけではなく、相手も再び陣形を組みアデレードを囲い込む。


目的地が近いのは事実だが、視界は瘴気の(モヤ)と木々に阻まれ、距離すらハッキリしない。

そんな道なき道を走るアデレードは、狼達の攻撃を躱して逃げながら、時に応じて仕留める。


その繰り返しで、気付かぬうちに進行方向が予定とはややズレていた。


そして体力を大幅に削られている。


(完全に見誤った……これでは獣の方が賢いな)


突破は悪手でしかない。

結果論ですらないそれに、苦い笑いが零れる。





場所はズレてしまったが、今更ながらヘクターを待つことにし、視界の範囲で最も大きな木を背にアデレードは止まった。


反省は全ての後だ。

今ここでの最善を尽くすよりないのだから。


数える余裕はなかったが、数体は屠った。狼達も警戒している為、すぐには仕掛けてこない。

連携を取る奴等もまた、減った中での最適な攻撃方法を模索しているのだろう。


「ダニー……」


フト、彼の名が口から出た。

そこに理由などあってないようなモノで、意識など特になく。


(ダニーならこんな時、どうしていただろう)


自分より遥かに弱い筈のダニエルだが、それを感じたことがなかったのが、出会いのせいなのは確かにあるだろう。

だがそれ以外でも、ここの短い生活の中で受けた数々のことに、いつも彼は怯まなかった。


(いや、怯んではいたか……)


『キース』という立ち位置でいた初日、『閣下3メートル』というよくわからないことを言っていたことを思い出して笑う。


色々大変だった筈なのに、それでもアデレードの前ではいつもそれを見せなかったし『キース』の前では多少の弱音を漏らしても、諦める姿勢は欠片も見せたことはない。


(ダニーなら、諦めない。 こんなとき、ダニーなら──)


「……そうだ」


アデレードは足元の石を拾い集める。


これ以上数を減らされると不利だからだろう。回復させまいと度々雷撃を放っては来るものの、まだ狼達はアデレードに警戒しており近付いてはこない。

おそらく徐々に全体の距離を狭めているのだ。時間の余裕はない。


だが、放たれる雷撃のお陰で相手の位置はわかる。

雷撃を躱しながら、そちらに向かって思い切り石を投げて応戦することにした。

魔法を使えないアデレードにも、スピードを乗せるくらいの顕在魔力はある。


『キャンッ』という悲鳴──強いて言うならスリング・ショットが欲しいところだが、足止め程度なら悪くない。

投げるのもそれなりに体力を使うとはいえ、今までのように走りながら攻撃することに比べたら微々たるモノだ。


(回復力には自信があるが、問題は総攻撃がいつくるか、だ)


流石に今のままだと厳しい。

その前にヘクターが加勢してくれるのを祈るよりない。






──夢を見ている。


全身から魔力という魔力をゴッソリ抜かれ、そのまま気絶するように意識を失うダニエル。

故に先の二回の潜水中、夢などは全く見なかった。覚えていないが見ていたとしても、陸に上がった後。

回復の為の眠りから目が覚める寸前あたりだ。


しかし、今回は潜水中に既に夢を見ている。


それは俯瞰から見た、誰か(・・)が一人、森の中でなにかに抵抗している姿。

白い霧のようなモノが邪魔をしてよく見えないけれど。


(……キース君?)


夢?──否、夢じゃない。


漠然と、しかし強くそう思う。

だがその強い意識とは裏腹に、身体が眠っているのもまた強く感じていた。


『ぐっ……!』

(キース君!!)


疲弊しているようで、動きが重い。

避けきれずに掠めた雷撃に、身体を僅かに震わせて小さく呻き声を上げる。


( くそっ! ……起きろ!)


まるで石でできた馬にでも乗っているかのように、意識はあるのに身体は動いてはくれなかった。


(起きろ起きろ目覚めろ僕の身体ッ!)


聖獣(リル)が自分を選んでくれたことが嬉しかった。

皆に無理を言って押し通した『強くなりたい』という願い。それは思ったような形ではなくても報われて、この地や民の為にできることが自分にあったと感じさせてくれた。


その気持ちに嘘は無い。

だがもっと単純な、自分の為の欲がその根底にある。


ダニエルにとって今の自分の全ての立場や責任や矜恃などというモノは、その上にしか成り立たないのだ。


(……キース君ッ!!!!)


だから今や、浄化も潜在魔力(この力)もまるで意味はない。


──大事な人を守れないのなら。





《──》

《──》


届かない叫びを上げる自分の声とは別の、小さな声が耳を掠める。


直後、ダニエルの意識は暗転した。

それは一度目二度目の潜水時と同じように。












副題がト〇ロっぽいのは気のせい。

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― 新着の感想 ―
[一言] メイ……じゃなかったダニエルはきっとこの森の主に会ったんだ。それはとても運がいいことなんだよ( ˘ω˘ )
[一言]  うんうん、気のせい気のせい。  ナンニモキガツイテナイヨ~  もはやキースくんへの好意を隠していない…いや、「友人」も守りたい大切な人ではあるんだけど。
[良い点] みんな命懸けで頑張っているのに、手に汗握って読んでいたのに…… 徹底シリアスなアクションシーンからの膝カックン的コメディ要素に気を取られながらも、シリアスから目を離せない文筆力が素敵な今話…
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