アデレード、孤軍奮闘する。
《ダニー! 起きた! 起きた!!》
「ああ……おはよう、リル……」
目覚めたダニエルの周囲を、リルが嬉しそうにぐるぐる回る。
ダニエルはすぐに聖水である湖の水を飲み、木の麓に置いたパンを頬張りながら、空を見上げた。
──日がやや傾いている。
(……また一日過ぎてる、とかじゃないよね?)
「リル、僕はどれくらい寝てた?」
《うん? えっと、えっとぉ~》
「その間、月は出てない?」
《出てないよ!》
「!」
大幅な時間短縮だ。
二度目で少し身体が慣れたのや聖水を予め飲んだのも良かったのかもしれないが、一番はやはりここに寝かされたことだろう。
(すごい……)
しかも一度目より身体が軽く、全ての感覚が鋭くなっている気がして、思わず掌を開いては握り締める。
血液だけでなく、末端まで流れ巡っているナニカ──
(きっと、これが潜在魔力なんだ)
ランドルフから課せられた『魔力供給』と同じ原理で今、遥かに酷いことをしているダニエルの体内を循環する潜在魔力は急激に増幅していた。
本人がそれを感じられる程に。
《ね、リル、ちゃんとできた?》
「うん! エラい、エラいよリル!!」
ご褒美を待つ犬のように上体を屈め、ややプルプルと小刻みに震えているリルに抱きつき、耳の後ろをわしゃわしゃしながら存分に褒め称える。
《うふふふ》
《可愛い》
《いいや、ズルい》
《そうだよ、ズルい》
(──えっ)
リルのに近い響きの、リルではない声。
振り返るも、当然誰もいない──代わりにチラチラと瞬く光。
それが二度目の潜水前に微かに聞こえた声だ、とダニエルが気付くのはすぐだった。
(やっぱり精霊……の、声が聞き取れるようになってる?)
《ダニー! 行こう!!》
「あ……うん。 ちょっ……!」
ダニエルのベルトあたりを咥え、リルはヒョイと放り投げるように背中に乗せる。
相変わらずせっかちだが、リルにしてみれば二度目も一度目同様、相当待ったのだ。
リルの背中に掴まりながら、ダニエルは木の方へ再び視線を向ける。
見えてはいない。
光の玉にしか。
だが、おそらくは精霊。
(道理で回復が早いと思った)
手助けしてくれたのだ、そう感じたダニエルは見えない相手に向け声を張った。
「ありがとうございます! 助かりました!!」
小島の木の葉だけが、大きくさざめく。
《──》
《──》
そこに混ざる声は、三度目の潜水に入ったダニエルにはもう聞き取れない。
しかしダニエルの行動により、三度目の潜水で今までとは少し違うことが起きることになる。
アデレードはすぐそこまで来ていた。
しかし、その進行は狼魔獣の群れによって阻まれている。
グレイ・サンダーボルト。
落雷の名の通り、体内の魔素を雷撃化させる灰色狼型魔獣である。
雷撃自体はスタンガンレベルだが、一般的な狼同様集団で狩りをする。その連携が厄介であることに加え、奴等は仲間内で魔素を雷撃により媒介させることが一番の問題……
先回りした個体に微弱な雷撃によって仲間達が魔素を渡し、的確に強い攻撃を仕掛けてくる。
(囲まれていたのか……!)
先の戦いで既にアデレードはターゲットになっていたようだ。
目の前の敵に気を取られ、気付けなかったことに思わず舌打ちする。
「クルルックルックルルッ」
「!」
シーグリッドが出したのは、近くに仲間がいる時の声。
(ヘクターが近くまで来ているのか?)
無理に駆け抜ければシーグリッドが狙われる。陣形を組んでくる賢さがあるだけにそれが尚のこと厄介だ。
愛情からだけでなく、瘴気濃度の高い森での最前線単騎駆けはシーグリッドが相棒としているからこそ成立する。
だが形勢は不利。
木々という障害に身を隠している奴等を一網打尽にするには、開けた地まで走りたいところだが、地の利は敵側にある。
逃げるのは簡単だ。
攻撃を躱し、それが及ばない上空まで飛べばいいだけのこと。雷撃とはいえ天候を操るわけではなく、身体から発せられるのだから。
(だが……)
それだとおそらく狼達は外側への進撃に切り替えるに違いない。
(コイツ等は害獣だ)
スライサー亜種の巨大な死骸に満足をせず、アデレードに狙いを定めたあたりがもう普通じゃない。
狼煙を上げても間に合わず、中継にいる前線部の数人は確実に餌食になる。
──迷っている暇はない。
「シーグリッド! 行け!!」
アデレードはシーグリッドから降り、上空への飛行指示を出す。
なんの為に飛ばずにここまで来たのか。
最前線で、敵を殲滅しながら進む為だ。
一人地に足をつけたアデレードは、狩りを楽しむかのようにゆっくりと近付く禍々しい数多の気配を感じながら、大きく息を吸う。
(今戻って……)
緩慢とも言える仕草で剣を抜き、
「……たまるかァッ!」
怒号と共に放たれた一閃──それは飛びかかってきた数体の狼を一瞬で倒す鋭いモノ。
犬のような高い声で鳴いたのは、なぎ倒された数体のうちの最後の狼のみ。
あとは声を上げる間もなく絶命していた。
群れを挑発するように、その身体に強く剣を立てトドメを刺す。まるで墓標のように立てたままの柄を握り締め、アデレードは叫んだ。
「かかってこい! クソ狼共!!」
方々から響く、グルル……という唸り声に集中して耳を澄ます。大体の位置と距離、そして頭数を確認する為に。
(まだ10体くらいはいそうだ)
奴等は賢く、油断はできない。
おそらくこちらの疲弊を見込んで、雷撃で適度な距離を取りながらじわじわと厭らしく攻撃をしてくる気だ。
(待機し相手の動きを見ながら応戦し、一体ずつ確実に仕留めていくべきか……)
目的地は近い。
ヘクターが先にそこへ行き、そこからこちらに向かって弓で迎撃すれば、殲滅はできる筈……
(しかしそこまで待ってくれるか)
どのみち現在不利なのは変わらない。
ヘクターに全て使ってしまった為聖水は既になく、流石にアデレードの身体もそれなりに疲労は蓄積されている。
あまり全体に距離を詰めさせれば、攻撃を途切れさせることなく、隙をついたタイミングで総攻撃されるのがオチだ。
(このままでは私が持たない……突破してまずは陣形を崩し、片側から仕留める)
アデレードは強行突破を決めた。
(大丈夫、目的地はすぐ。 私なら出来る筈だ)




