そして動き出す、それぞれ。
──街側、辺境伯邸。
総指揮官である辺境伯閣下ユーストと、ランドルフ大佐両名を含めた一同は、はやる気持ちを抑えてスチュアートの話を聞いていた。
婚姻式前から始まったこの騒動は、それだけでも大変な辺境伯領の危機ではあった。
だが、聖獣・フェンリルが出現した今。
政治的な側面など超えた遥かに大きな危機が思った以上に目前に迫っている──そんな事実を唐突に突き付けられたに等しい。
今なにが起こっているのか、また起きようとしているのか。
特に総指令官であるふたりには、既に現状の把握こそが最も優先されるべきことになっていた。
スチュアートは『火山の噴火は、滞留し続けた魔元素を放出する為に行われるのでは』と考えていると言う。
地下に滞留する魔元素は開墾や自然現象により動き出して外部と結び付き、魔素となる。
土地によって魔素の質が違うのは、性質を担うのが魔元素ではなく土地自体にあるからだ。
「伝承を集めた古い文献からの私見になりますが、かつていくつか起こった火山の噴火後その土地は緑鮮やかな恵まれた地になっているようで、今の我が国で生産活動が盛んな地は概ねそれと推測されます」
カルヴァート辺境伯領の象徴とも言える、広大な森とその奥に聳え立つ大きな山。
「建国時から……いえ、前の王家のあった頃から今まで、この山は噴火していない。 少なくとも調べた限りでそういった資料は見当たりませんでした。だからこそ、この森が存在し得たのではないかと」
スチュアートの話を纏めると──
火山はマグマと共に内に魔元素を抱えており、噴火による魔元素の放出によって大量の魔素が発生。噴火による被害は当然あるが、土地を潤す作用もある。
しかしカルヴァートでは魔元素は滞留したまま。それでも一部は流れて魔素となる。
元となる魔元素の量と場所の偏り、そこで起きる自然現象などから部分的に大量の魔素が染み出るようなかたちで長年に渡り放出されており、それが魔獣を多く出現させる森を生成、維持するに至っている。
──という考察である。
「領東を中心としたいくつかの場所で研究の計測は行っております。 協力してくれている友人の研究対象である温室での花の育成もその流れで場所を一時増やしたのですが、上手くいきませんでした。 領東には川がございますでしょう? あれが魔元素の魔素への循環に一役買っていると見ています」
山での魔元素の計測はできないので推測に過ぎないが、滞留する量が膨大であるという根拠とはそこ。
「領東は魔獣の出現も比較的少ない……逆に滞留し続けた魔元素は、やがて瘴気に変質するのではないでしょうか」
「今回の瘴気溜りの発生も?」
「おそらくは……数年に一度の周期でスタンピードが起こっておりますが、それ故に噴火からは逃れていたのでは、と」
今回の瘴気溜りの発生よりも先に、滞留した魔元素の影響を受けたのはロックバードではないかと推測される。
実のところ、スチュアートが帰国の決意を固めた一番の理由がロックバードの出現報告から。
大怪鳥・ロックバードの生息地は裾野に拡がる森ではなく、山の火口付近。彼等は飛行できるにも関わらずその周辺しか移動しないので、滅多に人の居住区まで出てくることはない。
瘴気の濃い地域に住む魔獣は気が荒いが、ロックバードか比較的温厚なのは大型だからこそと考えられている。つまり、容量が多い分瘴気の影響を受けづらいのでは、と。
スタンピードを軽んじているわけではないが、魔元素が滞留するにせよ今まで通り流れているならばスタンピードが先にくる筈……
ロックバードが人里に出現したことは、山への過度な滞留を示唆している、とスチュアートは考えたのだ。
瘴気に変質することである程度流れ出るにせよ、滞留を重ね臨界を迎えた魔元素はやがて爆発し空気中に飛散する──火山噴火の発生である。
それが最終的に地を潤すのだとしても、それによる甚大な被害は免れない。
「閣下……如何されますか」
「むぅ……」
ユーストは指示に悩んだ。
カルヴァートはこの王国の他の肥沃な地と違い、山の噴火が起こることはなかった。
ここがまだ王国だった時代もそれに伴った独自の文化を形成する必要があり、だからこそ独立国だったのだろう。
魔元素も含め、火山の研究をしている研究者は、少なくともこの国にいない。
『かつていくつか起こった』とスチュアートが述べた通り、目に見える被害や実例がない為と思われる。
前例がないので、的確な対処が『迅速な避難指示』程度しかない。
発生の予測や避難期間の想定も困難。
備蓄や避難民の日用品の類は充分にあるものの、それらは全て、川の氾濫など通常想定される自然災害の避難場所とされている城壁内にある。
火山噴火発生時、そこが最も被害が及ぶ場所となることは容易に想像できた。
「失礼致します! クリフォード・ノースウェッジ、報告に馳せ参じました!!」
「! ──入れ」
「はっ」
ヘクターの指示の元、報告の伝達役として馬を必死でとばしてきたクリフォード。
それもその筈……アデレードの予想に反し、瘴気溜りの発生範囲は広がっていたのだ。
スチュアートの話を聞いていない(※聞いていてもすぐ理解できたかは不明)なクリフォードは、『すわ危機的状況か』と身を固くしながら報告書を渡す。
「──これは……!」
「おお……!!」
(……アレ?)
だが、想像していたのとはやや空気が違う。
確かに瘴気溜りの発生範囲は広がったものの、溜まっている瘴気自体の規模は小さい──スチュアートの考察と照らし合わせるならば、これは『とてもいい報告』と言える。
一箇所に固まり、留まっていた魔元素が流れ出したのだ。
しかも、少しづつ広範囲に分散して。
「ふむ。 婿殿と聖獣が頑張ってくれているようですな」
「──」
ランドルフの『それが事実である』ことを一切疑っていない言葉に、ユーストはフッと笑った。
短い期間だからこそ、ダニエルの報告はこと細かにユーストに報告されている。それ故の信頼だったが、実際の功績は皆無。
またスチュアートの方は研究の実績こそあれど、隣国を離れていた為に強い根拠として提示できるだけのデータはない。
全ての判断の責任はまさにユーストにかかっており、ましてや広範囲の領土と領民の危機だ。
それらを完全に信じるならば、辺境伯権限による緊急全軍指示の発令──葛藤は充分過ぎる程ある。
報告書のアデレードの指示を確認し、ユーストはあれだけ荒ぶっていた昨夜の姿を思い出し、口角を上げる。
(なかなかどうして。 冷静じゃないか)
「──ネイサン」
「はっ」
覚悟は決まった。
最早一刻の猶予もない。
「屋敷の鐘を鳴らせ!」
「畏まりました!」
ここ辺境伯邸執務室と城壁中央にあるランドルフの執務室は、同時に総司令室でもある。
塔や領内各地にある鐘の他、両部屋の隣にも鐘があるが、他の鐘とは違う。
不測事態に於ける緊急招集──これこそが、全軍指示の合図。
魔道具によって領内全土に響くそれにより、領境の城門は閉められた。
騎士達やその下の警ら隊の皆は、動揺する民草を刺激しないよう穏便に宥めながら迅速に屋内への避難待機を促し、乗じて悪さをしようとする輩を取り締まる。
「ランドルフは城壁へ戻り、スタンピードを視野に入れた各拠点への指示を。 スチュアートは研究所へ現状況の把握への協力を要請する。 クリフォード、補佐を」
「「「はっ」」」
ユーストはこちらに残り、騎士団と各貴族達への指示等やるべきことがある。
まず喫緊の問題は、この場にいる王族ふたりとその一行にあった。
「お二方には大変申し訳ございませんが、暫しお待ち頂きたく。 安全に帰路に着かれるよう、すぐ整え──」
「その必要はありませんわ、辺境伯閣下」
なんと、ここでローズ殿下も立ち上がった。
「この地の危機は、王国の危機。 微力ながら私達も協力したく存じます。 王族である我々は浄化ができます。 皆様のお手を煩わせることのないよう最後方からの支援になりますが、ないよりマシでしょう」
それは今まで一番動揺していたとは思えない、堂々たる王族の姿だった。
ご高覧ありがとうございます!
王太子(14)が空気なのは許してやってください。
彼はまだショタ(ギリギリ)なので!




