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アデレードと竜、そしてダニエルとフェンリル。


一人になったアデレードは愛竜・シーグリッドと共に瘴気の森を駆ける。

シーグリッドもサンドラ同様に気の荒い様子で、その分スピードも乗っていた。


「ピュイッ!!」

「! どうっ! どうどうっ……」


そんなシーグリッドから急に発せられた警戒音──アデレードは即座に臨戦態勢に入り、進行を止めた。


──べちゃっ、べちゃっ


不快な水音と共に視線の先に入ったのは、見るからに瘴気に汚染された害獣。

水音は仕留めた相手から出た血溜まりによるモノか、近くにはまた別の獣の死骸が鉄錆と腐肉の混ざったような強い臭いを発して転がっている。


それらを目視で確認すると、充分な距離を取ってアデレードは竜から降りた。


(スライサーか)


『スライサー』とは、特にヘラジカやそのタイプの魔獣が凶暴に進化したモノや、それに似たモノの俗称である。

現れる変化として角が刃物のように変質する場合が多く、それを使った攻撃からそう呼ばれるようになったという。


目の前のスライサーの巨大な半身は血に塗れ、瘴気の靄を発しながらユラユラと姿を変化させ続けている。


(……いや、そのキメラだな)


おそらく直前に害獣同士の戦いがあったようで、本来草食である筈の元の身体は仕留めた相手を捕食して取り込みながら、更なる進化を遂げつつある様子。





向こうもアデレードに気付いたようで、こちらに近付いてくる。

その動きは奇妙な程に緩慢。逆に読めないとも言えるが、それもその筈……取り込まれてしまったこの生物には最早、意識などはない。

おそらくあるのは『食い、力を強め、広げる』という本能的欲求のみ。

それが今摂取しているモノよりも、アデレードの持つ力を得んが為に動くのを優先させたのだ。


「フン……食事の最中に席を立つとは、」


──カッ、カカッ


突如重々しい前脚の蹄が強く地を掘るように蹴ったかと思うと、頭を下げた害獣(スライサー)は咥えた肉片を撒き散らしながら、刃物のような角を向けこちらに突進する。


「行儀の悪いことだな!!」


その動きは先程の緩慢な動きが嘘のように鋭いモノ。

アデレードは素早くその下に滑り込むように躱しながら剣を抜き、身体を反転させながら半身を上下に分けるようにぶった斬る。


鹿であったことの片鱗も感じない咆哮が、辺り一面に響いた。


「くっ……!」


既に勝敗はこの一閃で決し、攻撃自体も受けていない。

しかし斬った断面からブワリと放散する濃い瘴気に、さしものアデレードも顔を顰める。


それらを散らす為、完全に生命力を奪う(息の根を止める)必要がある。

悶え苦しむ害獣の身体を大きく二度三度斬る。放散された瘴気の靄はようやく小さくなり、やがて森の瘴気に混ざるように消えた。


「……」


アデレードにとってはなんら問題のない範囲の駆除だが、それは彼女だからこそ。


大型で凶暴なスライサー自体、容易いとは言い難い相手。しかも相手がキメラであること……それは、今の害獣が森の瘴気による自然発生的な類のモノでなく『瘴気に取り込まれた』ことを示している。


そもそも瘴気溜りのように獲物を取り込む程の濃い瘴気が発生しても、まずそれに襲われるのは比較的弱い獣や弱った魔獣などから。

捕食を繰り返し変化し肥大し凶暴化を強めるにせよ、原型がヘラジカ魔獣ならば──


(……フェンリルに瘴気溜まりだ。 予想はしていたがなかなかに状況は逼迫している)


ダニエルとフェンリルが頑張っても、スタンピードは避けられない事態かもしれない。


アデレードが戻るより早く、トタタタと体躯にそぐわぬ軽い足音を立てながらやってきたシーグリッドは「ピュピュイ」と愛らしい声を出しながら顔を擦り寄せる。


「ああ、大丈夫だよ。 行こう」


(大丈夫。 信じて進むのみだ)


──ダニーと、皆を。





その頃のダニエルは二度目の潜水(ダイブ)直後であり、一度目と同様に意識を失っていた。


《う~ん、コレでいいのかな~?》


そしてリルはその周りをウロウロしている。




──今回ダニエルは、潜水前に諸々動いている。


戻ったダニエルはまずクリフォードに用意して貰った食糧からパンを取り出すと、時短の為にそれを食べながら周辺を調べ出した。


湖畔を少し歩くと、鳥が水を飲んでいるのが見える。こちらへの敵意や警戒心は特にない。長閑な風景だ。

なにかを考えながら、ダニエルは口の中のパンを嚥下する。


(……もう少し、考えて準備できたら良かったよなぁ)


急いでいたとはいえ、そこが悔やまれる。

魔道具があれば色々とハッキリしたに違いない。


「リル、真ん中の島に連れてってくれる?」

《うん? いいよ~》


この周辺一帯──特に湖に浮かぶ小島。

そこに息づくこの大きな木を中心として、瘴気の森の奥とは思えない清浄さに包まれている。

それは神殿ですら、比ではない程。


(やはり……)


リルにごっそり持っていかれた潜在魔力。

それは睡眠と共に回復していたが、目が覚めた後も全て戻っていたワケではない。

身体が消費した分のエネルギーを求めていたにせよ、今パンを食べているだけで力が(みなぎ)ってくるのを感じていた。


それはカラカラに乾いた布が、水を一気に吸って膨れ上がるように。


(ここは神気に満ちている……特にこの木)


瘴気の森と魔元素を蓄えた山で囲われたこの一部こそ、カルヴァートの心臓と言っていい……魔元素と魔素と瘴気が絶妙なバランスで保たれているのは、この地ありき。


そうは知らずとも、それをダニエルは肌で感じていた。


(それにこの光は)


フワフワと舞う光は、点滅と点灯を繰り返しながらダニエルの周囲を飛ぶ。

それはなんだか楽しげで。たまにくすくすという笑い声が、風が木の葉をサワサワと揺らす音に紛れて微かに耳に届く。


(もしかして……精霊、かな?)


「……」

《ダニー?》


湖の水を手で掬い上げる。

鳥が飲んでいたのだ、問題はない筈。


透明度が高く輝いている水を飲むと、予想通り回復が早まる気がした。


(これは……聖水だ)


「──リル」


ダニエルは振り返り、リルの鼻を撫でながら目を合わせる。大きなガラス玉のようなアイスブルーの瞳の中に、自分が映る。


「二度目が終わったらやって欲しいことがあるんだ。 いいかな?」




そんなワケで。

ダニエルは三度目の回復を早める為、リルに『二度目の後は、木のすぐ下に運んで欲しい』という指示を出した。

勿論リルは言われた通りに……


《も~! わかんないっ!!》


──動いたつもり、ではある。


『でもちゃんとできたかちょっと不安』というのが本音のリルは、言われた通りに木のすぐ下に横たえたダニエルを軸に、ぐるぐると不安げに回る。


《早く起きてェ~!!》


イライラしながら横を転がったり、鼻先で突っついたりしながらも、起こすことはしない……


してないつもりなのだ。これでも。


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[一言] リルきゃわわ( ˘ω˘ )
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