アデレードは無双する。
「ダルァアアアァァアァ!!!!」
──ズシャッ
「ドルゥアアァァァァァァ!!!!」
──ゴシャッ
「ソルゥアアァァァァァァ!!!!」
──ドバッ
アデレード(と、ヘクター)は快進撃を続けた。
尚、擬音は全て害獣が血飛沫を上げながら倒れた描写であり、雄叫びはアデレードのモノである。
浄化はコスパが悪いものの、出てきたモノを斬って棄てるなら彼女にとって造作もないこと。
しかも、なにしろ『初めての共同作業』である。
瘴気溜りは思った以上に多いものの、今のアデレードの気力は充分過ぎる程充分。
──かつてのダニエルは『虫も殺せない男』だったらしい。
『違う』と思ったし、今もそれは変わらない。
だが思い返してみると、ダニエルが来たばかりの時その片鱗は確かにあった。
当初は『馬番でも』とか吐かしていたことを思い出し、アデレードは魔獣を斬り進みながら密かに笑う。
それどころではない状況だったので考えてもみなかったが、ローズ殿下の存在はアデレードにとって愉快なモノではない。
しかし今は、愉快で仕方なかった。
ハッキリと、優越感を感じて。
(ふっ……まだ一ヶ月しか経たんというのに)
『婚姻の意思はあります!』
そう言いながら、この地を守ることを優先させたダニエルの目には微塵も迷いはなかった。
それでも一瞬、別れ際に自分に向けた切なげな、申し訳なさそうな瞳──
元々ダニエルは王女殿下に捨てられ、適当すぎる政略婚の相手として辺境にやってきたのだ。
なのに彼にはいつの間にか、重責を担うだけの覚悟と献身……そして自分への愛まで、確かに持っている。
短いこの期間で、ダニエルは変わっていた。
きっと『次期辺境伯の夫』として相応しくなる為に。
(ならば、それに応えねばならんだろう?)
『聖女』の隣に立つのに相応しいのは、深窓の姫君などではない。
辺境の無敵の姫君なのだから。
そんなワケで、
「ウォルァアアアァァアァ!!!!」
──ブシャァッ
アデレードはノリに乗っていた。
ノリノリの絶好調である。
なんなら『あわよくばカッコイイところを見せたい』みたいな気持ちすらあるので、斬って、斬って、斬りまくる……その姿はまさに『アマゾネス』。
今『辺境の姫君』の上にふられるルビは、誰がなんと言おうと『アマゾネス』であった。
むしろ誰も異論はないに違いないが。
「アデレード様……その巻き舌の雄叫び、なんとかなりませんか? 貧民街の破落戸だってもう少し上品な声を上げます」
「しっ失礼な奴だな!?」
やや疲れた声でヘクターはそう言う。
主のテンションがヤベェ……みたいなことではなく、進むにつれて濃くなる瘴気に体力と気力を削られているのだ。
それは今まで後方支援と補助的活躍を見せていた、ヘクターの弓の精度にも如実に現れてきた。
「アデレード様……!」
──バササッ
大きな羽音を立て、飛び立ったのはシザーホークという小型の鳥の魔獣。瘴気溜りからの発生か縄張り意識からかはわからない。だがこちらへの害意があったのに取り逃したことへの憤りから、珍しくヘクターは「チィッ」と舌打ちをする。
「……申し訳ございません」
(集中力が欠けてきたな……無理もない、大分瘴気も濃いし、竜も気が荒くなってきた)
騎竜に慣らしてきたとは言っても、所詮は付け焼き刃だ。
竜と乗り手双方の気持ちが切れてきた中で、鍛錬時と同様の動きをしろと言う方が無理がある。
「聖水だ。 飲んでおけ」
「……有難く」
濃い瘴気を人間の体感としてわかりやすく言うなら、高度が高く汚れた空気、との形容が最も近いだろうか。魔獣である竜は不快ではないようだが、野生の血が騒ぐのか気が荒く興奮しがちになる。
潜在魔力である程度防げるらしく、アデレードにそこまでの影響はないが、ヘクターは大分疲弊している様子。
聖水で緩和はできるが本数は限られている。
度々補給させてはいるが、もう最後の一本──そしてそれすらも気付いていないあたり。
(コイツ案外負けず嫌いだからな……)
ヘクターは自分が美形であることを充分過ぎる程理解し、崩れたところを見せたがらない。
そんな彼なので今も平気そうにはしているが、明らかに隠せていない。
「セットなんて普段はしたことありませんよ……特別な手入れもしておりません」などと宣い、無意味にかきあげる天然サラサラ銀髪も、珍しく乱れている。
多分見た目以上にヘクターは無理をしている、とアデレードは感じていた。
「今どの辺りだ?」
「はっ」
地図を取り出したヘクターが示したのは、スチュアートの予測地点からもう、然程離れた距離ではない。
「ふむ……」
アデレードは少し思案し、次の指示を出す。
「ヘクター、お前は一旦中継地点まで戻り、報告と休憩を」
「! ですが……!」
「もう予測地点まで近い。 一気に抜けるのにお前は足手まといだ」
「……ッ」
「なにをしょぼくれた顔してるんだ、ヘクター。 役目がなくなったワケではない、お前にはまだやって貰うことがある」
一気に駆け抜けるのにヘクターが足手まといになるのは事実だが、それ以上にアデレードは現在の状況確認が必要と考えていた。
進行方向周辺にある瘴気溜りから生まれた害獣は、粗方駆除した。
もう出現したところで縄張り意識の強く気の荒い魔獣なのか、瘴気溜りから生まれた為襲ってきた害獣なのか、判別できない区域。
「中継地点まで戻ったら、新しい瘴気溜りの出現とその規模を確認しろ。 おそらく減っているか規模が小さくなっている筈だ」
聖女的役割を担ってダニエルがフェンリルと共に浄化に当たっているなら、そろそろ次の結果が出ていてもおかしくはない。
「クリフォードに引き継ぎ、ランドルフと合流させろ。 中継警備隊は引き続き瘴気溜りから発生した害獣を駆除しつつ周辺警戒を」
(ランドルフ爺ならそこまで報告すれば予測してくれる)
或いはスチュアートの話と照らし合わせ、次の予測を立てて動く。
他がどうなっているかわからないこちらより、適切な指示を出してくれるだろう。
「ヘクターは指示をこなしながら回復にあたり、その後予測地点へ。 上空からのアクセスに切り替えろ……行けるか?」
「……勿論です!」
聖水の残りを一気に飲み干すヘクターの背中を叩き、アデレードは言う。
「いいか、焦るな。 回復は充分にし、聖水を持てるだけ持って挑め……お前が要だ」
ヘクターは一瞬虚をつかれたような無防備な表情を見せたが、次の瞬間にはいつものように髪をかきあげた。
「──フッ。 わかっております」
精一杯の強がりで盛大にドヤった後、ヘクターはアデレードと逆を竜で駆け戻る。
(くっ……一刻も早く戻らねば……!)
気を遣われたのは明白。
しかしそれを含め理に適った指示でもあり、今できる最善は迅速な行動のみ。
「頼むぞ、サンドラ! 私に汚名を雪がせてくれ!!」
──サンドラは今ヘクターが乗っている竜の名前である。
荒ぶってはいるものの、全速力指示が功を奏し、サンドラはヘクターの期待以上の働きをしてくれた。
完全に余談だが、これを機に彼は馬だけでなく竜にもハマっていくことになる。
ご高覧ありがとうございます!
更新は途切れ途切れになるかもですが、完結までボチボチ続けていきますので、よろしくお願いします。




