モブ令息にはヒーローではない別の役どころがあるらしい。
ヘクターを連れ、アデレードは城壁に向かった。
まずは単体で上空からある程度場所の特定をし、状況を判断してから次の指示を──という、意外な程に真っ当なことをアデレードが言う。
「単体で、ですか」
「……状況把握を優先し、無茶はしない。 今竜騎士達や軍を動かすことはできん」
激情型のアデレードだが、切り替えは早い。
目的地周辺と思しき場所は極めて瘴気の強い地帯。地上から向かうには困難である。
だが実際、目に見えてなにかが起こっているわけではない。もし危機的状況だとしたら尚のこと、今軍を動かしダニエルの捜索に充てる訳にはいかなかった。
上空から向かい降り立ち、すぐにでも捜索をしたいものの、単体である以上自分になにかあった時皆はなにもわからないまま。
魔道具での連絡は瘴気に阻まれ厳しいと見て、アデレードは一旦撤退するという苦渋の決断をせざるを得なかった。
(随分頭が冷えたものだ)
そう思い、ヘクターは笑う。
「いえアデレード様、私も参ります」
「……ヘクター?」
「お忘れですか? 曲りなりにも誉れ高き『ノース』姓を継いだ者。 しかも私は『風の戦士』……騎竜の訓練は済んでおります」
「いつの間に……」
「以前から行っておりましたが、本格的にはここひと月」
ダニエルと仲良くなってもヘクターの権力志向が無くなった訳では無いが、彼と出会っていい方向に進んだ。
ダニエルとの他愛ない会話の中で、次は自分の向いている方向での権力を強めたいと考え竜騎士になる事を決めたのである。
風属性魔力のヘクターは飛翔中の戦闘にも向いている。そしてなにより彼の権力志向は、人間嫌いによるもの。
馬ほどではないが、慣れると竜も可愛い。
竜騎士が誉れ高く数が少ないのは、見た目と強さだけでなく兼務せざるを得ないからでもある。
竜に乗るのは容易ではないのに、実務としては特殊任務のみ。基本的に竜の躾と見廻りは通称『ライダー』という別役として他の者がしている。
竜は馬以上に気難しく人を選ぶ。躾ができて乗れる者が戦闘に向いているとは限らないので、職務が分離された結果だ。
だからこそ竜騎士は数が少なく誉れ高い。
時間を割いて乗れるようになり、その上で戦えるようになること自体、忠誠心の表れと言っていいのだから。
「驚いたな」
「ふっ」
ヘクターは「だからと言ってドルチェは手放しませんよ」と余計な一言を言ってから、本題に入る。
「確かになにかがあった時の為に竜騎士は残しておくべきです。 だからと言って単体で行くのはあまりに合理的ではない。 ……見廻り竜乗りには荷が勝ち過ぎますが、私なら上空で繋ぎになれるでしょう」
上空で待機、適宜判断し対応可能な者がいれば、目的地周辺に降りての調査・捜索が可能になる。
ヘクターの申し出は心強かった──だが全く別の問題から、この方法は見送られることとなる。
城壁に着くと、待ちかねたようにクリフォードが飛び出してきた。
「アデレード様! 婚姻式は……?!」
「婚姻式は……まあなんとかなった。 『恙無く終了』とはいかなかったがな」
「……ダニエル様は間に合ったのですね?」
アデレードはそこで初めて、ダニエルがこちらに寄ったことを知る。
日付を間違えていたというか、一日感覚にズレがあったようであることも。
「ダニエル様は持てる限りの食物を持ち、やたらと急かす聖獣と共に飛び立っていかれました。 お止めできずに申し訳ございません。 ……それと、もうひとつご報告が。 これは我々ではなく、軍部中央警備隊によるモノなのですが」
クリフォードに与えられた任務はダニエルの捜索の指揮だったわけだが、それは当然ながらランドルフの信頼の確かな一部の者しか関わっていない。
この地域の森周辺の警備は、いつも通りに軍部中央警備隊が行っている。
「いくつかの瘴気溜りの発生が確認されました」
「!」
『瘴気溜り』──それこそが害獣指定される魔獣を作るもの。
魔獣は生物学的な分類として、二種類いる。
ひとつは他生物と同様に番い子を産み落とすという緩やかな進化の中で、魔力を強く持ったもの。
もうひとつは強い瘴気により、生物が身体を乗っ取られ変質を遂げたものだ。
後者は『後天的な魔獣』と言えなくもないが、瘴気は魔獣すら取り込むことがあるので正しくは無い。
ここではふたつを区別する為に敢えて後者を『後天的魔獣』と呼ぶ。
先天的後天的に限らず、害獣指定されるのは人里に出て荒らしたり好んで人を食す、或いは襲う等の危険と判断されたもの。
だが、後天的魔獣の場合が圧倒的に多い。
これは後天的魔獣の多くが、人を食し瘴気を広げる性質を持つ為である。
聖獣は瘴気を食べ浄化すると言われているが、魔獣もまた瘴気を体内に取り込み魔素として蓄える。だからか強い魔獣程瘴気や魔素を多く含んだ地を好む。
危険と共に恩恵を受けているこの森の瘴気だが、そういった点に於いても必要なモノであると言えるだろう。
『瘴気溜り』はそれとは違う。
水溜まり位の極狭い範囲に、強く濃い瘴気を含んだモノが突発的に発生することがある。これを『瘴気溜り』と呼び、後天的魔獣を作る一番の原因とされている。
これが発生した場合、溜まった瘴気が蠢き出し生物に取り付く前に速やかに封じ、浄化するよりない。
「浄化に努めておりますが、なにぶん手が足りません。 周辺の警戒を強め対応しております」
浄化は通常、洗礼を受け魔力を神力に変える修練を行った高位神官が行うが、その数は少ない。
魔力を神力に変える魔道具を使っての浄化も行っているが、注ぐ魔力に対して変化できる神力の量が極めて少なく、効率としても魔力のコストパフォーマンスとしても良いとはお世辞にも言えなかった。
結局『警備を強化する』、という対策になるのが現状と言える。それでもひとつふたつであれば、問題ではないのだが──
「しかし……複数だと?」
「ええ。 ひとつひとつの面積は狭いですが」
「ふむ……」
(もしや)
「アデレード様?」
「──クリフォード、中央警備隊の報告による瘴気溜りの発見時刻及び観測箇所を」
「はっ! ステフ、急ぎ報告書を」
「畏まりました!」
クリフォードは伍長のステフに報告書を持ってくるよう頼んだが、実際に持ってきたのはクリフォードと共に捜索の指揮を取っていた初老の軍人ロバート・ホルン軍曹。
ランドルフ大佐の右腕と言われる男だ。
「ホルン軍曹?」
「報告書をお持ち致しました。 どうやら少し補足が必要かと思い、伍長の代わりに私めが。 発言をお許しください」
寡黙で目立つことを嫌う彼は自ら補佐に回ることが多く、常に謙虚で丁寧。騎士団と軍を繋ぐ役割を担うクリフォードとヘクターにとっても日頃からなにかと世話になっている。
彼の登場に、クリフォードとヘクターは自然と姿勢を正す。
「貴殿の意見なら大歓迎だ。 是非聞かせて欲しい」
「はい。 おそらく初期観測は我々捜索隊ではないかと。 まだノースウェッジ卿はこちらにいらっしゃらず、大佐の指揮下ダニエル様の捜索をしていた際──本日未明、瘴気溜まりを発見致しました」
「「「!」」」
「捜索場所が瘴気の強い森の奥付近である為、通常の範囲内の事象であると処理し備考欄での記載になっております。 ですが……警備隊の報告書の方を」
ホルン軍曹に促され、アデレードは手渡された報告書を開く。
「! ……これは」
瘴気溜まりの発生は、スチュアートが当たりをつけた部分を中心とし、瘴気の濃い場所から段々と広がっていた。
発見時刻は軍曹の言う『本日未明』から、新しいものはダニエルと聖獣が神殿へとやってきたあたり。時刻の間隔は徐々に早まっている。
「現在、新しい発見報告は?」
「特にございません」
(──やはり思った通りか)
聖獣が出現したこと。
そしてダニエルを急かしていた理由は、瘴気溜まりの発生と関係があるようだ。
スチュアートの予測した火山噴火との関連性は未だ不明だが、場所を鑑みるに彼の語る魔元素云々も関連していると見ていい。
そこでダニエルは聖獣と共に、強く濃い瘴気の発生を抑え、浄化しているのだ。
『聖獣に選ばれる』──これまでの経験上、それはフェンリルと共に物理的に戦うものだとばかり思っていた。
戦ってはいるのだろうが、思い違いをしていた。
(北の森の『守護者』とはよく言ったものだ。 ダニーはさしずめ聖女といったところか)
「──ふっ」
アデレードからおもわずと言ったかたちで笑いが漏れる。
( ……ならば)
「軍曹はスタンピードを視野に入れ、兵に警戒指示をしランドルフを待ち待機。 クリフォードは我々と警備隊の中継として適宜対応を」
「「はっ!」」
「……ヘクター!」
「はっ」
「作戦を変更し、地上からの捜索に切り替え、害獣を殲滅しながら進む。 騎竜せよ!」
「畏まりました!」
(物理的戦いは私が担おう。 夫婦として、初めての共同作業だ……ふ、夫婦としての……)
「……ナンチャッテー!!」
「ひっ?!」
「あ、アデレード様?!」
急に両手で顔を覆い叫び出したアデレードに、これまで畏敬の籠った目で見ていた三人は、ドン引いたという。




