神殿は大混乱!
これ以上嘘は吐けない──
そう思ったアデレードの身体は自然と動いていた。
ネイサンは諦念と共に天を仰ぐ。
「ローズ殿下、」
覚悟を決めたアデレードの声は柔らかかった。
震えるローズの前まで歩み出ると頭を垂れ跪く。
「ご慧眼でございます。 ここにいるダニエルはダニエルに非ず。 よんどころなき事情から代理を立てております」
「ええっ?!」
──ざわっ
神殿内が動揺に包まれる。
ユーストもランドルフもネイサンも、アデレードの動きから覚悟を決め、既に歩を進めていた。
立っているのがやっとだったローズの身体は、正直自分が怒られなかったことに安堵すらしている。
(ええー?! 別人ってどういうことぉ!?)
だが、頭の中は大混乱だ。
そもそも彼女がこんな勇気を出したのは、アデレード達が思っているような純粋な気持ちからではない。
いや、純粋は純粋だが……温度がまるで違うのである。
ダニエルがそうだったように、ローズにとって彼は似非恋人であり面倒を見てくれる兄。
情緒の育ちが遅かったローズと、ダニエルが恋心を抱いたタイミングは全く合わず、彼女が育ち意識できる頃には彼の意識は完全なる兄ポジだった。
そんなわけでふたりの間に全く恋愛感情はないが、実のところコミュ強でなんでも卒無くこなすダニエルをローズは滅法尊敬している。
彼女はダニエルに甘えている自覚があった。
(このまま結婚したら彼が気の毒よね~)
──そうは思えど、自身の方が大事。
居心地が悪い程皆に気遣われて育ったローズは、自立したい系甘ったれである。
今の状況や自分自身に不満はあるが、なにぶん『できないし怖い』が先に立つ。
ダニエルからの解消は無理だが、自分でも厳しい。
そしてなにも考えず彼を手放せる程、ローズは人が好きでもコミュ強でもない。
(次の相手が見つかるまでは、ダニーに甘えるしかないわ……)
そう決めていた彼女に婚約破棄への後悔も罪悪感もない。その方が互いに幸せだと思って疑わなかったのだから。
──なのに、蓋を開けたら別人のようになっているという……まあ、別人だったわけだが。
(エエー?! ダニー、幸せじゃなくない?! じゃなかったら、あんな別人みたいになるゥ?!)
このことやダニエルへの甘えと異性としての拒絶……そして彼女が甘やかされた背景には、実は潜在魔力が関係している。
先王の御子であるローズだけ潜在魔力が高く、それはダニエルとは逆に受け取る力。
つまり人の心を『察知』する能力──立場もそうだが、物凄く疳の虫の強い幼児であったことで、責務からより遠ざけられるに至った。
『察知』の能力は伏せられていたが、婚約者となったダニエルの与えてくれる親愛は心地良く、彼は優しい。
だが、ローズが育って恋愛を意識しだした時には既に、彼の方に恋愛感情がないことを強く感じ取っていたのである。
……まあ、このあたりはイケメンスキーな彼女の自業自得ではある。(ただし単にミーハーなだけなので、女友達がいたらまた違ったかもしれない)
話を戻すと、ダニエルの潜在魔力と共に過ごしたローズにとっては、見た目は同じに見えても全くの別人。何故皆が気付かないのか不思議な程。
それにショックを受けても、ギリギリまで異を唱えるかには悩んだ。
彼女に王族としてのなんちゃらなんて諸々は猫を被れる程度にしかないが、彼女は別に馬鹿な訳では無い。少なくとも『言ったらやべぇ』くらいのことは当然わかる。
ただでさえ大勢の前での発言とか超怖いというのに、自分は元婚約者であり、婚約破棄した側。
周囲の目が厳しいことくらい予想がつかない訳が無い。
(いや無理! でもでもっ……せっかく婚約破棄したのに全く幸せそうじゃないわ! 相手のご令嬢もダニーを好きには見えないし……えっヤダー私のせい?! 私のせいよねコレ?! でも止めたら『今更おまいう』的なやつじゃない? ひいっ怖ッ! やっぱ無理無理無理無理!)
意外なことに彼女自身は現婚約者と上手くいっている。馬が合った、というやつだ。
こんな自分が上手くいったのだから……という持ち前の卑屈さとダニエルへの厚い信頼から、彼の幸せを疑ってなどいなかった。
今の今まで全く罪悪感などなかったローズだが、ダニエルの別人っぷり(※別人です)と自身の幸せっぷりの落差に罪悪感は物凄い。
そして甘やかされ視野の狭い彼女が発言しない理由は、『人の立場や諸々を考えて』などではなく概ね保身でしかないのである。
どうしても言う正当性の方が勝ってしまうのだ。
それ故、
『本当は言いたくないけど、言った方がダニエルにとっていい』
という間違った前提が発生していた。
(……どうせ騎士に嫁ぐ身よ! 今更評判なんか!!)
色々考えた結果、そう思ったローズは異議を唱えた。
その実行に死ぬ程の勇気を使い、それがダニエルの為だったのは事実だが、アデレード達が思うのとは結構違うのである。
そんなローズだ。
言われたことに頭は混乱しているが、彼女には謀られたことを責める意思など入り込む余裕はない。
「よ、よんどころなき事情とは……?」
王族としての教育が緩いローズには、それを聞くのが精一杯。
「しかし殿下を謀ったのは事実、この度の不敬の責任は私が──」
「アデレード嬢! それには及びません!! 姉上、これは私の方にも話が──」
慌てふためきその場で声を上げる王太子。
それを遮るように、ユーストもローズの前に出てに跪き、頭を垂れる。
ランドルフとネイサンも、倣うようにそれに続く。
「殿下方……全ての責任は領主である私に──」
「いいえ、そもそも私が──」
「不遜にも代理を務めたのは私。 殿下を謀った不敬は私にこそ──」
口を揃えて皆が皆、『自分が悪い』と言い出し、ローズの脳内だけでなく神殿も大混乱。
いくら王太子や国王の許可があったにせよ、王家との関係に泥を塗る行為。
真実を語るならアデレード達が謝罪を真っ先にすべきと考えたのは至極当然ではあるが、ローズにしてみればもう、わけがわからない。
イケメン(※ただし女性)、イケオジ、イケ爺、ついでに元婚約者風フツメンと揃い踏みで、皆が皆続々と自分に跪くというある種のロマンス小説的な状況だが、『わ~い♡ 逆ハーだわ~♡』などと喜べる訳などない。
大体にして、ただでさえ相手の立場と個性の圧が凄いところに謝罪という息苦しさ。
さらに彼女の『察知』は色んな感情を拾う拾う。
この俄逆ハーレムがローズに与えたモノは、混乱と困惑とその圧による恐怖である。
彼女は耐え切れず、悲鳴のような声を上げた。
「ちょ、ちょっと待って! 事情って……ああっ、それよりダニーは今どこなのッ!?」
ローズ以下、事情を知らぬ者達はまさに『それな』の一言に尽きる。
なにがなんだかわからんがダニエルがいないのはわかった。
だが結局、ダニエルはなんでいなくて、どこにいるやら……肝心なことはサッパリわからない。
しかし、事情を知っている者すらそこはわからないのである。そして細かいことは憶測も多く、話せる段階にないものばかり。
答えようがないまま、責任の奪い合いだけが起こっているという事態。
ローズがきちんと王族としての教育を受けていれば、一旦謝罪を受け入れて一先ずここでの収拾をつけてから話を持ち越すのだろう。それがおそらくこの場での最適解だが、生憎それは無理そうである。王太子がなんとかしようと彼女に話し掛けるも、絶賛混乱中だ。
今婚姻式だった筈の神殿は心からの謝罪と、どうにか収拾をつけねばならぬ大人の事情と多大なる困惑から、もう滅茶苦茶。
まさにカオス。
──バァンッ!!
そんなカオスすぎる神殿礼拝堂。
その大きな正面扉が音を立てて開くと共に、一陣の風が吹く。
それは強く清涼で、美しい銀色の風。
皆その勢いと眩しさにおもわず目を瞑る。
「「「──!!」」」
瞼を開けた先、誰もがそこに現れた者の姿に息を飲み、言葉を失った。
そこには大型の狼のような、銀色に輝く獣。
だがランドルフやユーストのように武に長けた者が揃う中、誰一人として動けずに圧倒されるのみ。
それもその筈、避難所指定されるだけあり、通常魔獣は神気に邪魔されて入れないのが神殿……
──その獣は神気を纏っている。
「フェ……フェンリル……」
誰かが呟く声が、妙に大きく響く。
かつてここが王国だった時代、今辺境伯家が謳われている『北の森の守護者』とはその存在を指した。
それこそ、フェンリル──カルヴァート辺境伯家の紋章にも使われている、伝説の聖獣。
誰もがその存在に目を奪われる中、背から降りてきた地味な小男は、皆に気付いてもらえるよう声を張り上げるべく、息を大きく吸った。
「遅くなって申し訳ございませんでしたァァ!!」
これで七章は終わりです。
ご高覧ありがとうございます!
誤字報告、助かってます!!(多くて申し訳ない!)
更新まで少しお時間頂きますが、引き続きお読みいただけるととても嬉しいです!!




