庇護欲をそそりゃいいってモンでもない。
ダニエルの元婚約者であるシエルローズ殿下に対して、皆あまり警戒心を抱いていなかった。
勿論、彼女に今回の事情は伏せているが、その程度。
王太子殿下やユーストが連絡を取った国王陛下という、家族の見解を含んだローズ殿下への共通認識として『問題ないだろう』という結論に達していたからである。
ローズ殿下の、王族としての責務やそれに伴う教育は他殿下達に比べて緩い。だからこそ拗らせており、彼女自身拗らせている自覚は充分にある。
意外かもしれないが、そんな彼女が公的な場で立場を悪くするような言動は今まで一度もしたことはない。
なにしろ彼女は、内弁慶。
表面上の社交性は上がりそれらしく取り繕うことは出来るようになったが、根本的に卑屈で自信がないのは変わっていない。
『どうしてもダニーを祝いたいから』と切実に請われて仕方がなく連れてきたが、普段の王女は式典などの地味で王族の一員であることが目立つ場所が嫌いだ。
公的な重要度の高い場所に行く際は毎回『とりあえず仮病を使いワンチャン休めるか』を試すくらい。
今日も今日とて借りてきた猫のように王太子の後ろでひっそり控えながら、慎ましやかなドレスに身を包み「私はただの付き添いですので、どうぞお気遣いなく」等とやや緊張した微笑みで宣っていた。
それがいつものローズ殿下のお外での姿……ワガママなのは、身内にのみ。勿論先の婚約破棄劇も王宮内の彼女の生活拠点で行われており、よもやこんな場でどうの、など無理──
と誰もが思っていた。
「私シエルローズ第一王女はこの婚姻に反対致します!」
──なのに、こんなことになろうとは。
もっと早くなら兎も角、ここにきてこんなことを言い出すとは予想外も予想外。
唯一不安そうにしていた、弟君の王太子殿下もこれには予想外だったようで。
今まで年齢以上の落ち着きで未来の国王たる片鱗を見せつけていたというのに、すっかり14歳という歳相応な感じにポカンとしている。
「あ、姉上? なにを……」
我に返ったように止めようとする王太子を無視し、ローズ殿下は優雅に前に出る。
振る舞いは堂々としているが、表情は固い。
「第一王女殿下。 どうぞ、異議の理由を」
「はい」
(まさか、バレたのか?)
(私を見て、だと言うなら有り得ません)
(凄い自信だなぁ)
アイコンタクトで会話するアデレードとネイサン。こんな時なのに呆れる程、ネイサンは『バレてない』と自信満々だ。
しかし、王太子側からバレたとも思えない。
流石に彼女にバラすような危険な真似はしていない筈だ。
(元からぶち壊す気だったのでは?)
(そんな馬鹿な……)
皆が困惑しながら彼女に注目する。
歩み出たローズ殿下は美しく淑女の礼を取ると、アデレードに強い視線を向けた。
「へ、辺境伯令嬢にブラック卿は相応しくありません。 この婚姻は互いに不幸な結果を、引いては辺境伯領と王国に不幸を齎すと考えます!」
「!?」
ネイサンとアデレードは顔を見合わせた。
他の者も少し違う意味でざわついている。
(どういう意味?)
(……よくわかりません)
ローズ殿下の口から紡がれたのは『なにを言ってんだ?』という……異議の根拠とする部分が漠然としていて、よくわからない内容。
結果論とは言え『お前のゴリ押しがあったからこうなったんだろうが……』と思わずにはいられない。
王太子は『信じられない』という顔で姉を見ている。
しかし彼女は彼女なりに思うところがあるらしい。緊張に耐えられなくなりながらも、震える声で続ける。
「わわ、私はダニー……ブ、ブラック卿を長年見ております……っ」
卑屈ビビリな内弁慶であるローズ殿下らしいといえばらしい庇護欲をそそる姿だが……この場は彼女の嫌いな公的な場そのもの。
いくらロマンス小説が好きとはいえ、どこぞのビッチヒロインのようには話を受け入れてくれる訳がない状況。
それは彼女自身が一番感じているらしく、向けられる厳しい視線に怯んだ様子がありありと見て取れる。
しかし、続けて発せられたのは核心を突く内容だった。
「でもっ、あんな方ではありませんでした! 具体的にどう変わったとは申せませんが、まるで別人だわ!」
涙ながらに訴えるローズ殿下。
その涙は演技で同情心を買おうなどという打算的なモノではなく、緊張と恐怖から溢れる涙。それでもなんとか王族としての威厳を保とうと必死なのがわかる。
「こんな短期間で人間そのものが変わるようならば、おそらく環境が合っていないのでしょう……私は長年世話になった彼の不幸を望んでおりません。 この婚姻のきっかけが私である以上、認める訳にはいきませんわ!」
確かに庇護欲はそそられないでもないが、湧き出るとしたら子供へのそれ。
訴えの説得力としては彼女の涙も内容も厳しいが、真実を知っている者達にとっては別である。
夜会やパーティーなどの比較的自由度が高く目立たない場なら兎も角、こうした式典系のお堅い公的な場では自ら存在を消すレベルに卑屈な内弁慶であるローズ殿下。
そんな彼女がわざわざ結婚式を待たずこの地に赴いたのは、ダニエルにひとかどならぬ情があったからだ。
こうなると逆に驚くべきことに、無理矢理ついてきた理由は彼女が語った通り──ダニエルが幸せになれそうかどうか、確かめて祝福したかったに違いないと否応なく感じる。
拗らせているが故に色々間違えており、そのせいで周囲にはわかってもらえていないが、ダニエルに対する『彼に相応しい相手を』という望みも嘘ではなかった。
気持ちの中にそれ以外の諸々がないとは言わない。
それでもローズ殿下にとって、ダニエルは大事な人なのだ。
そんな彼女の気持ちなど知らない皆は『どうせなにもできない』と侮りつつも、一応警戒し、事情を伏せた。
──その結果がコレ。
妙な沈黙が神殿を支配する。
事情を知らない者は『なにを言ってんの?』とひたすら困惑、知っている者達は色々居た堪れない。
ローズ殿下はネイサンの身代わりを見抜いてしまった。
ネイサンが自信満々だったように、彼の扮装の問題ではない。ローズ殿下のダニエルへの想いがなにかは不明にせよ、異議を唱えた動機は明白。
ダニエルの幸せを考えてのこと。
彼女なりに、精一杯。
(このまま目的を強引に遂行していいものか……)
場所が神の御前ということもあり、罪深さが襲う。
彼女や皆を謀っているのは事実だ。
ローズ殿下は震えており、今にも倒れそうな程顔面は蒼白。
王太子殿下の驚きからも、聞き及んでいた諸々からも察せられるように、本当は見知らぬ人が並ぶ中、前に出て意見を言えるタイプの人ではないのだろう。
そんな彼女がここで異を唱えるのには、相当な勇気が必要だった筈だ。
(──ああ、ダメだこんなこと)
ダニーもきっと、このことを知ったら悲しみ己を責めるに違いない。
ローズ殿下が短慮であるのは事実だが、彼にとってもおそらく憎めない相手であろうことは容易に想像がつく。
アデレード自身、彼女の勇気を疵瑕にはしたくない。
悪いのは自分達の方なのだから。
※諸々変更した結果長くなったんで、本章はあと一話あります。
次話で七章終了です。




