当て馬となりそうなのが、メンズだけとは限らない。
「──はっ?!」
「あ、起きましたね」
「ちょっとなんなのこの拘束?! 解けっ解けェェエエエ!!!!」
アデレードを拘束したロープは魔力使用を考慮したもの。しかも巻いたのはユーストな上、拘束魔法も施してある。
流石にアデレードの潜在魔力による身体強化でも、それに顕在魔力を併用しても脱出は無理。
芋虫のようにウネウネしながらも、器用に両足で床をバンバン叩いて怒りを露わにするアデレードに、フェリスが溜息を吐く。
「はぁ、お嬢様……いい加減冷静になってください。皆お嬢様と若旦那様の婚姻式が恙無く行われる為に尽力しているんですよ!」
「ふぐっ!」
そして至極真っ当に叱った。
「………………ごめん、悪かったよ。 もう勝手なことはしないから離してくれる?」
「信用できません」
「いや……本当に……私だって皆に迷惑を掛けたい訳じゃない。 軽率だった」
「お嬢様……」
「……うわっ?!」
いつになくしおらしく謝罪する主にフェリスは滂沱の涙を流しながらアデレードに抱きつく。
「な、なんで泣いてるのぉ?!」
「おぉぉおきもちわぁっ……わっわかりますのよぉぉ~!!」
身動きが取れないアデレードは、後ろに倒れそうになるのをなんとか自慢の腹筋で堪えつつ狼狽えた。
「ごめんっ、ごめんフェリス!! 止めなきゃいけないフェリスも辛いよね?! 泣き止んで、っていうかせめてこれ解いてから……だ、誰かー! ネイサンッ! ネイサァァァ~ンッ!!」
その後スチュアートと共にネイサンが現れたものの、ドヤ顔で改良した魔道具を自慢をした挙句魔力談義で盛り上がってしまい……アデレードのロープはなかなか解いて貰えなかったという。
──そしていよいよ、婚姻式当日。
早朝、誰よりも早くアデレードの元へ駆け付けたのはランドルフ。
式典用の軍服に身を包んだ彼は凛々しく、いつも以上の威厳を纏っている。
多大な潜在魔力での身体強化という特殊能力に加え、年齢にそぐわない鋼の肉体を持った彼に疲れは見えないものの、ランドルフは一睡もせずにダニエル捜索に手を尽くしていた。しかし──
「申し訳ございません……」
ダニエルは見付からず。
ただ、ひとつだけ重要な報告があるという。
「魔道具の画像解析が」
「なにが映っていた?!」
「それが……──」
ランドルフの報告は衝撃的なモノであり、それはアデレードに希望と不安を同時に齎した。
端的に言うと、ダニエルの生存はまず間違いないが、連れ戻すことはできないかもしれない……という内容。
それでも彼は、生きている。
そのことに、アデレードは一先ず安堵した。
「それと、ケイジ家の子倅が戻っておるようですな」
「耳が早いな」
「伊達に長くは生きておりませぬわ。 もっとも、子爵達には伝わってないようですがな」
スチュアートのことや一連の話は報告が行っているようで、アデレードは身構えた。
「だが、私はダニーを諦める気はない」
「もとより」
ランドルフはニヤリと笑う。
「年寄りは頑固なモノですぞ、昨日の今日で発言を翻したりはせぬ」
「ランドルフ爺……」
「……それより、もしかしたら彼奴は役に立つかもしれません」
「え?」
「──お嬢様、そろそろ」
ランドルフの言葉は気になるが、今は婚姻式の準備がありフェリスに遮られた。
詳しく聞くにはもう時間が無いと見たランドルフも席を立つ。
「今はまず婚姻式を恙無く終えること。 宜しいですな?」
「ああ!」
気合いを入れて着飾られ、いよいよ婚姻式の準備が整った。王太子一行も領内に入ったという。
婚姻式は神殿による婚姻契約を正式に行う場でありお披露目ではないので、こちらに配慮した王家は予め歓待などを断っているのが救い。
彼等の為に『エル・ドラド』のエグゼクティブフロアを宿泊用に貸し切り、充分な休息を取ってから王都へと戻れるようにはしてあるが、夜会などは行わない。
とはいえなにもしない訳にもいかず、辺境伯邸は今、婚姻式後の昼食会の為の準備でおおわらわだ。
そんな中、ダニエルに扮したネイサンにエスコートされつつ、神殿に向かう。
シーグリッドで行くので、手網を取るのはアデレードだが。
「大丈夫か、ネイサン」
「万全です。 ダニーと、アデル様。 ……もっとビクビクしてた方がいいですか?」
「いや、意外にもダニーは竜を怖がらない」
シーグリッドや他の竜騎士を紹介した時、ダニエルの興奮ぶりは凄かった。
他の竜騎士が思わず照れてしまう程賞賛し、目を輝かせていた彼を思い出してアデレードはふっと笑う。
「後で乗せてやるとは言ったが、まさかお前を先に乗せるとは思わなかったな……」
「まあタンデムフライトの権利は残ってますからね。 そこはご容赦願いますよ」
いつもの調子で軽口を叩くネイサン。
神殿に着いても彼は上手くやった。
領内の重鎮や王太子の前では堂々としながらも、やや緊張した様子で挨拶をする。
ネイサンの演技は見事で、それはまさにダニエルの振る舞いそのものだ。
むしろ事情を知っている王太子の方が素の緊張を隠せていない。
年齢はまた若いとはいえ立場上、腹芸はできて然るべきな王太子の緊張は実は別のところにある。
それに気付いたのは婚姻式が進み、いよいよ婚姻契約書にサインする直前のこと。
神官は恭しく口上を述べる。
「大いなる天の神の下、今日この日この地に縁を結びしふたりに、地の神の御加護を賜りますよう誓いの署名を行います。 カルヴァート辺境伯家令嬢アデレード嬢とブラック伯爵家令息ダニエル卿の婚姻契約に異議のある者は今、名乗り出なさい」
──名乗り出なさい。
これはあくまでも形式的なものであり、余程なにか後暗い過去や疵瑕でもない限りここまできて誰かが名乗り出ることなど滅多にない。
ましてや王家が結んだ辺境伯家の娘との婚姻だ。しかし、
「異議あり!!」
その滅多にない出来事が起こった──
声を発したのは、王太子の姉である第一王女、シエルローズ殿下である。