インテリイケメンは当て馬キャラとなるか?(後)
スチュアートとアデレードの間に恋愛感情はない──そう思っていたのはアデレードの方だけだった。
ただし、ガブリエラがそうであるように『恋愛』の優先順位をどこに据えるかは人それぞれ。
今恋心に翻弄されているアデレードもダニエルも出会った当初決してそれが一番ではなかったように、スチュアートの恋愛もそうだ。
この求婚もまた、今の状況下で、今の自分だからこそ。
彼は言う。
「婚姻式は恙無く行われるべきです。 事情は存じませんが、無論、婿殿がその後お戻りになられたならば私は潔く身を引きましょう。 しかし私は『災害が起こる』と考えておりますので……もしそれまでや、結婚式の日取りを周知させなければならない時期までにお戻りになられなかった場合、いつまでもそちらの彼を代理に据えておく訳には参りません。 出過ぎた真似であることは重々承知ですが、私はアデレード様のことも、この地も……愛しております」
スチュアートにとってアデレードは初恋。
成長と共に会うことは減っていったが、会う度美しくなっていく彼女を眩しく見つめていた。
婚約を父から勧められた当時は辺境伯家の婿という立場や責任を負う自信もなく、やりたいことは別にあった彼にとっては初恋で充分。
現実にどうこう、という気持ちは抱いていなかった。
物事にはタイミングがある。
手に入れられるチャンスを逃したことに僅かな後悔はあれど、してきた努力はその為のモノではないのだから、追い縋る気などない。
離れたことや危機によって気持ちを再確認した彼は、既にそれなりに経験を積み自信を付けているものの、今のスチュアートの言動の一番はチャンスというよりも危機的状況への懸念から。
火山の噴火による災害は、噴火そのものだけではない。
それによる森の混乱、逃げ出す動物や魔獣による被害。災害の混乱に乗じた犯罪の取り締まりや抑制など、想定されるだけでもやるべきことは多い。
そしてこういう時、想定外のことが起こるのが常である。
火山の噴火は過去の文献でもあまり例がなく、不明な部分も多い。だが彼は研究対象である『魔元素』の大量放出もあると考えている。
被害防止は勿論、被害後の復旧、その費用捻出などに自分の知識は役に立つ筈──そうスチュアートは言う。
「アデレード様……私は貴女が心穏やかで、この地が平穏ならばそれで構わないのです。 気持ちの吐露は……もしもの際、今度は機を逃したくない私の我儘故。 どうぞ御容赦ください」
王太子に話を通してあるだけでなく、ユーストは当然陛下に魔道具で事情を話してある。
婚姻式は行われるが、式での契約書は当面神殿預かりとなるだろう。
周知の時期までにダニエルが戻らなかった場合、今度こそすげ替えは行わざるを得ない。
その際の布石としてスチュアートは、この場での求婚に踏み切ったのだ。
機を逃したくない、と言ってはいるが、それはひとえにアデレードとこの地を慮ったモノ。
だからこそ、アデレードは大いに動揺した。
「──」
「……スチュアート、君の気持ちはわかった。 だがまだ時期尚早だ。 娘を動揺させてくれるな」
「申し訳ございません」
蒼白なまま、動けずにいるアデレードの代わりにユーストが声を掛けると、スチュアートは直ぐに立ち上がる。
「閣下、もうひとつだけ。 何度も言うように私は婚姻式が恙無く終わることを望んでいるのです。 どうか協力をさせていただけませんか? 彼の魔道具はなかなかの出来ですが、問題が少々……」
彼がネイサンに気付いたのは、魔道具の検知による。 研究をしてるだけあり、スチュアートは魔力の流れの癖から、それがどういった魔道具か気付いてしまったのだ。
とはいえ、スチュアートのこれは特殊能力に近い。
普段の彼ならば余程でなければ自分が黙っていれば済むことなので、ダメ出しなどしない。
問題なのは、婚姻式が神殿で行われることにある。
魔道具とは魔素と結び付き稼働するよう術式を施した道具だ。
魔素を術式により浄化分離し『神気』へと変化させる神殿……特に礼拝堂では通常の魔力はとても薄まってしまうのだ。
この領以外で魔獣が出た時の避難所には大概神殿が指定されるが、これが理由のひとつでもある。
『神気』をざっくり説明するならば、属性との結び付きを難しくする力。属性を抜いて濃縮還元した魔素を魔力と結び付かせたモノを『神力』と呼ぶ。
それをかつては『聖属性』と呼び、その遣い手を『聖騎士』や『聖女』と呼んだがその存在は稀であり、今この国にはいない。
敢えて言うなら神官が近いが、彼等は顕在魔力を術式によって変化させているのである。
稀有な力を尊び頼るよりもあるもので賄うことができるならその方が確実であり、一人に対する負荷も少なく合理的なので、いないからといって問題は特にない。
話は逸れたが、魔道具に精通したスチュアートは神殿仕様の魔道具の仕組みも理解している。
神殿仕様に魔道具の術式を書き換えることで是正は可能だそう。
「神殿の特殊さを忘れておりました……閣下、私からもお願いしたく。 全て任せるわけではないので、なにか仕込むことは無理だと」
「うむ……念の為、魔力封じの腕輪をして貰うが、構わぬか?」
「勿論です」
そんな三人の遣り取りすら、アデレードの耳にはもう入ってはいなかった。
部屋に戻ると、アデレードはだらしなくソファに横たわり、クッションに顔を埋める。
アデレードは酷く動揺していた。
スチュアートが自分を想っていたことも勿論だが、それ以上に災害への懸念と彼のこの地への愛情に。
そしてなにより、ダニエルがいない未来を想像して。
(ダニーがもし、戻らなかったら……)
──その上で、もしも災害が起こったとして。
アデレードはスチュアートの気持ちなど気付かなかったが、彼のことはそれなりにわかっているつもりだ。
だから災害の予見に関してのみに焦点を当てるなら、疑う理由は皆無。『もし』という仮定は外れた前提に過ぎず、その可能性も薄いと思っている。
アデレードはその時、自分が冷静に対処できるかわからなかった。
災害時への懸念ではない。今までも大なり小なりそういう経験はある。おそらくは必死で、感情になど振り回されている余裕などないだろう。
思うのは、そうしてがむしゃらに動く中でふと訪れる隙間のような瞬間──一人で立っていられないような、そんな時。きっとまだ、スチュアートを受け入れることはできないだろう。
だが、隣にダニエルはいない。
死んでいるならまだ。
そう思う可能性に至ってアデレードは戦慄していた。
希望に縋ることの危うさと、その脆さをアデレードは経験上幾度か目にしていた。
いつかは見切りをつけなければならず、それが立場上アデレードは人より早く訪れる。
彼女が呑気に過ごしているのはこの地が平和だからであり、『辺境の姫君』として育てられたアデレードの己の立場への自覚は決して弱くはない。
お転婆で愛されてきたことが始まりだったにせよ、23年間の人生の中での経験で、死を意識することも他人の死を目にすることも沢山あった。
『無事である可能性が高いと儂は見ております』
ランドルフの言葉が過ぎる。
無事でいて欲しい。
死んでいて欲しくない。
──だけど、
「……
…………
………………ああああああああぁぁぁッ!!!! 」
懊悩の末、アデレードはキレた。
「もうっ! もういいッ!!
想像だけで鬱々するのはウンザリだッ!」
「お嬢様?!」
「その気になれば私の替えなどいるッ!! ああそうだ、いくらでもいるだろう!?」
そして『いざ竜に乗らん!』とばかりにバルコニーへと向かう。
「探しに……ぐッ?!」
そんなアデレードだったが、強烈な一撃に倒れた。
「ふう、危ないところだった」
「閣下?!」
「防音魔法をかけておいて、正解でしたね」
「ネイサンッ?!」
──そう、アデレードは様々な経験をしていた。
辛い別れや決断を余儀なくされたこともある。
だがそこにはいつも誰かはいて、厳しくも優しく共に悩んでくれるのだ。
時にこうして予測して、暴走を止めながら。
「婿殿なら、こんな力づくでなくてもイケたであろう……」
「私は信じてます、戻られるのを」
「ネイサン……」
そう話しながら、捕縛用のロープでグルグル巻いていくふたりを、フェリスとスチュアートは呆然と眺めていた──
か に 見 え た も の の 。
「やめてください! そんな無体な真似!!」
「フェリス」
「やるならもう少し明日のことを考えた方法にしていただかないと! 万が一にでも痕がついたらどうなさるんです?!」
「お、おぉ……」
「すまない……」
フェリスもそんな主に慣れていた。
終始呆然としていたのは、スチュアートのみ。
己の言動に後悔などはないものの、スチュアートの脳内には『時期尚早』というユーストの言葉と不安が、ちょっとだけ過ぎったのである。
【どうでもいい(?)補足】
インテリイケメン・スチュアートは、王都の学園に通っていたので学園寮住まい。学園卒業後は進学、途中から隣国への留学。
成長後のアデレードと会ったのは本編でも語っている通り、たまに。いいとこ年に数度。
つまりアデレードの『アマゾネス』ぶりを多少聞いてはいても、目に見えて知ってはいなかった。