インテリイケメンは当て馬キャラとなるか?(前)
「……閣下!」
スチュアートはアデレードには目もくれず、ユーストを見て安堵に顔をほころばせ立ち上がると、恭しく臣下の礼を取る。
娘と娘婿を案じ、訝しんでいたユーストは僅かに瞠目するも、いつも通りの威厳を保ちながら優しく声を掛ける。
「スチュアート、久方ぶりだな。 楽にせよ」
「はっ」
アデレードにとっては幼馴染のスチュアート。彼との親交は深く、ユーストにとっても甥っ子みたいなものだ。
しかし、そんな感傷など後回しだ。
まずは目的を探らねばならない──誰もがそう張り詰める中、当の本人は全く意に介してはいない様子。
「やあ。 久しぶりだね、スチュアート」
「アデレード様! お元気そうでなによりです……相変わらずの凛々しいお姿で、なんだか安心してしまいました」
そこにネイサン扮するダニエルが割って入り、挨拶する。
「初めまして、ケイジ卿」
魔力で他人そっくりに成り代わることや精神に干渉し操作することは重罪である為、ネイサンがしているのは認識阻害魔道具の使用と、ただの変装。
だが魔道具のおかげで、今までスチュアートが彼に気付けなかった程の印象の薄さは本物以上。
顔は変わっていないにも関わらず、いかにも人の良さそうな柔和な笑顔はよく見なければ顔の違いすらわからない程、ダニエルそのもの。
「ブラック伯爵家が三男、ダニエルです」
「これは申し訳ございません、ダニエル様。 スチュアート・ケイジでございます。 つい昔を懐かしんでしまいました、お許しを」
「お気になさらず」
スチュアートのダニエル(に扮するネイサン)への態度に不遜さは微塵もない。
ただ、気付かなかっただけだ。
しかし、次の瞬間。
「……おや?」
「どうされました?」
「いや、その…………」
口に手を当てたまま、まじまじと目の前の男を眺めた思案顔のスチュアートは、暫く黙った後でユーストの方を向いた。
「──閣下、彼は確か傍系の青年ですよね? ああ、だからガブリエラ嬢が……だが、一体どうなさったんです?」
なんとスチュアートは、身近な者には見破られなかったネイサンの変装を見抜いてしまったのである。
「先に申しますと、私は閣下にお伝えしたいことがあって帰国しただけです。 なにかご事情があるようなのはわかりましたが、それは一旦置いてまず私の話を聞いていただきたく存じますが……如何でしょう?」
やや早口でそう言うスチュアート。
こちらの事情は気になるが、それより大事なことがあるようだ。
自分が於かれている立ち位置も察したのだろう。
こちらが話すか否か、彼をどうすべきかはスチュアートの言う通り一旦後回しにし、とりあえず話を聞くよりない。
ここに来るまでの経緯としては、スチュアートがレオニールに話した通り。その流れでガブリエラとも出会ったものの、王太子殿下へのご挨拶とご歓談の邪魔をする程野暮ではない。
彼がガブリエラと話したのは、彼女が王太子との話を終えたあと。
「このタイミングです、正直お会いしていただけるとは思いませんでしたが……ガブリエラ嬢が花束を贈るというから、どうしてもと頼み込んで届けるお役目を」
「そ、そうか」
一応は面識のあるガブリエラに挨拶をしに行った程度のものだが、その際花を贈ることをたまたま耳にしたスチュアートは、チャンスに乗じただけだそう。
アデレードの友人であるガブリエラの花束を渡すのならば、アデレードには会えるかもしれず、アデレード経由で話を伝えれば、と思ったと彼は言う。
花束への疑問はアッサリ解けた。
ガブリエラもこんなことで時間を取られることや、揉めたり疑われたりすることへの懸念から託すことにしたのだろう。
流石に報告への抜かりはなく、ガブリエラからの赤い花束はもうひとつ、小さなモノがアデレード個人宛でこの30分程後に届くことになる。
「それでスチュアート……何用だね?」
「閣下は私の研究をご存知でしょうか?」
「魔道具の開発と聞いているが」
「それは研究費用の捻出の為と、まあ実益を兼ねた趣味というか……好きではあります。 ですが本当は地脈に滞留する魔素の元──魔元素の研究を行っているのです。 その詳細は省きますが、私は子供の頃からここ……カルヴァート、特に森の持つ力に興味がありまして」
アデレードとネイサンは顔を見合わせた。
なんだか話がランドルフじみてきた。
「領東部に温室がございますでしょう? あそこに学生時代の友人が研究員として働いているのです。 隣国の留学での魔道具の研究開発も志半ばで惜しく思ってしまった私は、隣国に残ると決めたものの研究を止める気にはなれず……その者に協力してもらい、手紙のやり取りで研究を続けておりました」
曰く、地脈に滞留する魔元素の諸々の値の変動から、周辺の環境への影響が予測できるのだと言う。調べるのに適した地脈が丁度領東部の温室近くにあるのだとか。
ただし、正確にどこでなにが起こるかまではわからない。その予測精度を上げていくことこそ、彼の研究らしい。
「──近々、大きな災害が起こるかもしれません。 データが指し示す方角は森奥地……おそらく火山の噴火では、と」
「「!」」
「それは……!」
信じられないスチュアートの発言に、三人は絶句する。
それに彼は苦々しく顔を歪め、自分を責めるように続けた。
「閣下と大佐には今までの研究を纏めたモノを手紙と共にお送り致しましたが、なにぶんまだ予測は不安定で、データも足りません。 マトモに取り合って頂けるかすら不安に感じた私は一時帰国を決め、今に至ります。 杞憂に終わり、叱責を受けるようならばそれで構いません……ですが……」
隣国での生活は、こちらの友人の協力もあって非常に充実していた。
父に尊敬の念はあるし父も自分を愛し期待をかけてくれていたのはわかっていたが、価値観の違いから父子関係はあまりいいとは言えず、戻る気も特にはなかった。
それでもスチュアートにとって、故郷はここ。
自分には合わなかっただけであり、家族にも土地にもここに住む人々にも、愛も情も素敵な思い出もある。
「そもそも私を研究に向かわせたのは、この地。 どんなに胡乱な話であれ、警鐘を鳴らさないではいられなかったのです。 そちらのご事情は存じませんが、私のことは解決するまでこのまま拘束頂いても構いません。 ですが、災害への対策だけは何卒ご考慮願います」
信じられない、いや、信じたくない話だが、スチュアートの表情は真剣そのもの。
領と民のことを考えたら無視などできる筈もなく、目前に婚姻式も控えている。
当人の希望通りでもある、『秘密裏な一時的滞在』という名の『監視下での緩やかな拘束』が妥当な判断と言えた。
自分への処遇にスチュアートは不満どころか、感謝の意を示した。
慎重な精査はあれど前向きに検討して貰える、と安堵した様子だ。
しかし再び厳しい表情を見せ、彼はネイサンの方に視線を向ける。
「そちらの事情は尋ねません。 ガブリエラ嬢がいらっしゃったことからも、察しはついております。 ですが」
そこまで言うと立ち上がり、アデレードの元へと跪いた。
「アデレード様。 婚姻式が恙無く終わり、その後も婿殿がお帰りにならなかった場合……私を受け入れてはくださいませんか? 貴女をひとりにはさせません」
「スチュアート?!」
──それは、唐突な求婚だった。




