戻らないダニエルと不審な訪問者。
「お嬢様、お帰りなさいませ! もう、今度は竜なんて連れてきて~」
……などとプリプリしながら出迎えたフェリスは、シーグリッドを中庭に連れて行ってからアデレードの部屋へと戻る。
「お嬢様……」
扉を閉めると途端に情けない顔をしたフェリスを見て、アデレードはランドルフに改めて感謝しながら抱き締めた。
「ごめんフェリス、心配掛けて。 上手く立ち回ってくれたんだね、ありがとう」
「いいえ……いいえ! 一旦でも早く戻って来てくださって嬉しいです」
シーグリッドを連れて来たことからダニエルはまだ戻っていないと察したのだろう。
フェリスはそう言うと無理矢理笑顔を作り、すぐに軽食を用意するよう指示し、その間に今までの報告を行った。
「──これからどうされますか?」
「待つだけさ。 その為のシーグリッドだ」
「ガブリエラ様は伝達だと勘づかれる懸念からお戻りにはならないそうです。 代わりに花束を贈って寄越す、と」
メッセージカードには無難なメッセージしか書かず、伝達成功なら赤い花を、失敗なら白い花をというかたちで報告する手筈になっている。
ランドルフからの報告が先か、ガブリエラからの報告が先か。それとも──
いずれにせよ、今のアデレードには待つことしかできない。
「フェリス、ネイサンにも持って行ってやれ。 私もダニーもいなかったから気が張っただろう? 少しふたりでゆっくりするといい」
「お嬢様は……」
「私はシーグリッドにご飯を。 ……ふたりがいてくれて助かってる、これからの為にも休息はできる時にしておいて」
「……はい」
フェリスが部屋から出ると、アデレードもバルコニーへと出た。外してバルコニーの階段に置いておいたシーグリッドの鞍。その後部に連結していたサイドバッグからシーグリッド用の干し肉を取り出す。
「シーグリッド」
「きゅう」
甘えるように鳴くシーグリッドに干し肉を与えたあと、彼のひんやりした長い首に手を回し、顔を埋めた。
……本当は、不安で堪らない。
そんなアデレードの気持ちなど時は慮ってはくれることなく、日はゆっくりと傾いていく。
ダニエル失踪から半日。未だランドルフからもガブリエラからも報告はない。
「アデレード様、閣下がお呼びです。 若旦那様を連れて執務室に来るように、と」
「──すぐ行く」
(話は勿論明日の婚約式についてだが、代わりを務めるネイサンの変装の精度の確認もあるのだろう)
使用人程度に不審がられるようでは、いくら王太子に話が通っていても使い物にはならない。
若旦那様を連れて──彼の不在は邸内の者には気付かれていないが、普段アデレードといない場合、ダニエルはネイサンと動く。だからこその指示だ。
結果は上々。
酷い言い方ではあるが、ダニエルの見た目の印象が薄いことも幸いし、全く気付かれた様子はない。
「なかなかだな。 使用人達がなにも感じない以上、まず貴族達にはわかるまい。 問題は王族だが、それはガブリエラ嬢の報告を待とう」
「私も王族の方々以外への自信はありますが、アデレード様にもご協力を」
「私に?」
「ええ、是非これを着けていただきたい」
ネイサンは元々辺境伯家『影』の一員である。
彼が以前ダニエルに語ったことは嘘ではなく、愛する妻の為にアデレードの伴侶となる男の直属で働く立場を実力でもぎ取っている。
ダニエルの容貌から、当初の予定とは立場が少し変わっただけだ。
そんなネイサンが『代役』も想定の範囲として得ることとなった役回りに事前準備を怠る筈もなく、今日部屋に籠って彼が作っていたのは別のモノであった。
「アデレード様の魅力がより引き出される魔道具です。 ああ、勿論精神感応系ではありませんよ。 ただ言動が目立つだけです」
本当はランドルフと共同開発していた、地味だが優秀な指揮官に自信を着けさせる為の魔道具だ。
「ふむ……目を逸らす効果か。 アデレードの所作は美しいからな、ちゃんとしてさえいれば」
「一言余計です、父上」
「……反論できるくらいには大丈夫そうだな?」
ユーストはアデレードに父親の顔で僅かに微笑む。
「私も大佐と同じ考えだ。 明日は臆せず堂々と振る舞え」
「父上……」
「ネイサン、頼んだぞ」
「御意」
ユーストも婚姻相手のすげ替えを考えてないことがハッキリとわかり、アデレードは一先ず安堵した。
しかし話を終えた次の瞬間に、情勢はまた変化することになる。
──コンコン
「旦那様、お話中失礼致します」
ノック音と共に、老執事レオニールの声。
よく弁え、忠誠心高く仕える彼には事のあらましを話してある。
今名目上は、次期辺境伯となる娘とその娘婿となる男にのみ伝える、現辺境伯たるユーストからの話──というおよそ邪魔できないもの。だというのに今やってきたということは、なんらかの動きがあったからと推測できる。
アデレードはユーストが頷くのを確認し、扉を開けた。
「──! レオ、それは」
「ええ。 ガブリエラ様からでございます」
レオニールは花束を抱えていた。
花の色は──赤。
ガブリエラは王太子に無事接触し、上手く伝えてくれたようである。
しかし、レオニールの表情は硬い。
「ガブリエラ様からの花束を……ケイジ子爵家ご子息、スチュアート様がお持ちに」
それもその筈。
ダニエルに害を為そうとしたレフ・ケイジ子爵の愛息子……彼が期待を掛け『アデレード様の婿に』と打診をしていたスチュアートがこのタイミングで現れたのである。
しかも、ガブリエラからの報告代わりである、花束を持って。
「……どういうことだ?」
「なんでも王太子様とはご友人だそうでして。 帰国の挨拶に王宮に行ったところ、丁度こちらに向かうところだった為、『一緒にどうか』と誘われたとか……元々閣下にお会いする為、帰国したそうで。 今夜はアデレード様の婚姻のお祝いだけでも、と。 申し訳ございません。 私では判断致しかねまして、客室に待たせております。 如何なさいますか?」
一応それなりに話を聞いたが特に矛盾もない。表情や動きにも注視したレオニールは、スチュアートになにか真剣な様子を感じたと言う。
ガブリエラの花束を搬送するに至った経緯はわからないが、彼女のことだ。確実に届くことを考慮しているだろうと考えると、奪ったり搬送の者を買収した可能性は低い気がする。
なにぶん、婚姻式前日。
断ることは難しくない。
だが──ダニエルが想像した通り、スチュアートとアデレードの仲は良いものの、ふたりは全くそういう関係にない。
そしてスチュアートは見目の麗しい研究馬鹿であり、地位や名誉など研究の為の資金源くらいにしか考えてない男なのだ。
王太子とも繋がりがあるのでは尚更、家の為に動くとは考えにくかった。
「なにか別の目的があるのでは? スチュアートが私の婚姻に興味があるとも思えません」
「……わかった、会おう。 レオ、こちらに彼を」
「畏まりました」




