不在の婿殿とアデレードとランドルフ。(後)
アデレードがどうしても、普通にダニエルに接することのできない理由──それは勿論、恋心によるもの。
意識をしてしまうからこそ、ツンデレ的な態度になってしまうのだ。
『普段通りに接したい』と思っていたからこそガブリエラの発案に乗ったというのに、結果的には意識することが増えてしまっていたように思う。
しかしアデレードは、この不本意な状態を是正しようという気はまるでなく、周囲も咎めなかった。
それは、彼女が意識をしてしまった最終的な理由が、ダニエルから好意を向けられていたことによるからである。
「ランドルフ爺は、ダニーの能力をなんだと考えているんだ?」
この話がどのように失踪と関係してくるのか困惑気味に、アデレードは尋ねた。
「そうですな……気持ちを伝える力ではないかと。 便宜上『共感』とでも呼びましょうか。 伝えたくないことではなく、伝わって欲しいことなどが伝わるのでは、と」
最初の城壁への移動の際。ダニエルはクリフォードとヘクター両名に対し『上手くやりたい』とは思っていたものの、それなりに警戒心も抱いていた。
あの時のことで注視すべきは『クリフォードが意外と反発しなかった気がする』などという曖昧な評価ではなく『ヘクターの愛馬ドルチェが懐いたこと』と、その後の『ヘクターの変化』であった。
「ドルチェには実際に乗って触れている……伝わり易かったと考えられますな。 またドルチェを貸したことでダニエル殿のヘクターへの好感は増した。 ヘクターに聞いたところ、『馬を育てる難しさをよくわかっている』などと珍しく褒めておった。 人間嫌いのあ奴には、いくら本心にせよ『感謝』と『労い』の気持ちをあの短時間で伝えるのはなかなか……気心が知れていても難しいのでは?」
「た、確かに。 だが、テントの周辺のアレは?」
「あの中でダニエル殿が望んだのは『時間の縛りの中、しっかりと眠ること』でしょうな。 これは積極的に伝えたいわけではないにせよ、伝えたくないことではない。 潜在魔力の動きの本質が『無意識的な操作』であるとして。 ダニエル殿が顕在魔力のコントロールと時間の縛りのある睡眠への意識に神経を尖らせていたあの時は、潜在魔力による『共感』のコントロールが上手くできなかったのでは?」
つまり『睡眠時間(起きなければならない時間)』への意識が強かったダニエルの潜在魔力はそれに引き摺られた。そして今まで以上には回復へと回されることはなく、ただその意識を以て外へと流れたのでは、とランドルフは考えているのである。
「或いはアデレード様への好意がグラフ同様、あからさまな程伝わっていたことを考えると、単純に、潜在魔力の増幅スピードに器がついてこれずに漏れていたのかもしれん」
兎にも角にも流れた潜在魔力は、よい睡眠と回復の力を周囲に伝えたのではないか。
「これもまた憶測ではありますが、辺境に来てからのあの方の成長ぶりから、土地との相性が良かったのでは、と」
「土地との相性?」
「ええ」
通常体内を巡る潜在魔力がその器となる身体を出ることはない。だから潜在魔力は動く魔力であり常に放出していると考えられてきた。
だがそうではなく、顕在魔力が外界の魔素との結び付きによって動き魔法として使えるように、潜在魔力も外界の魔素と結び付いて発動すると仮定したらどうだろうか。
「呼吸などから体内に取り入れた魔素との結び付き──仮にそれが潜在魔力の力だとしましょう。 顕在魔力でいうところの属性と同じ。属性程に細かな分類はないにせよ、土地によって魔素の量や質には違いがありますからな。 その相性が良ければ結び付き易い……気付かずに魔力の放出を行っていてもおかしくはなく、放出した分補填を繰り返すうちに容量も増えた、と考えたならダニエル殿の潜在魔力の増え方にも納得がいく」
そこまで話して、ようやく話は現在のダニエルへと戻る。
「ダニエル殿がどうして消えたかまではわからないが、無事である可能性が高いと儂は見ております」
『可能性は高い』とやや慎重な言い回しはしたものの、ランドルフはダニエルの無事には絶対の自信があった。
森から出たと考えにくいからこそ、特に。
「尋常ではない程の潜在魔力の増幅──それが土地と関係するならあの方は、云わばこの土地に愛されている。 無事でない訳が無い」
問題は、一瞬にして結界が破られたこと。
なにかはわからぬが予測不可能ななにかは起こり、ダニエルが忽然と消えたのは事実。
今大破したランプを復元し、直前の周辺画像の解析を行っているそう。
「アデレード様はそろそろお戻りに」
「だが……」
「ダニエル殿の捜索はお任せを。 仮に婚姻式に間に合わなかったとしても、儂は辺境伯軍大佐としてダニエル殿を婿に推します」
「!」
総司令官を兼任する程のランドルフだ。
発言権は当然強い彼にそこまで言われてはアデレードも引き下がらずを得ないが、同時にそれは強い後押しで、心配で胸が潰れそうだった彼女の気持ちを上げた。
ランドルフの発言は『辺境伯家婿としてダニエルが相応しい』と言っているに他ならず、そして彼はダニエルの無事を疑っていない。
「しかし婚姻式前に別のことでゴタゴタした場合、今の儂には状況的に手に余る」
「……わかった、だが報告は逐一頼むよ。 あとシーグリッドは一応連れて行く。 いいよね?」
「はは、仕方のない姫君じゃな。 連れて行くなら適当な理由を考えておくのですぞ!」
「ああ!」
シーグリッドに再び跨ったアデレードの瞳は強い輝きを取り戻していた。
心配で苦しいのは今でも同じだが、今できることをやるしかない。
「きゃあああ!! お嬢様ァァ! なんで竜でのお帰りなんですかー!?!?」
「そそそそうですよ! せめて厩舎とか……あるでしょ場所!!」
「部屋まで連れてく気ですか?!」
突然竜を連れて邸宅に入ったアデレードに、メイド達は阿鼻叫喚──とは言わないまでも相応にビビり、声を荒らげた。
「部屋には入れないよ、部屋の前の中庭にいさせるんだ。 大体部屋なんて入れたら狭くて、シーグリッドが可哀想だろ」
「明日は婚姻式ですよ?!」
「だから連れてきたんだ。 婚姻式なんて地味じゃない。 せめて派手に登場しなくちゃ。 そんなワケだから、これに式典の馬具用の飾りを付けといて」
アデレードはシレっとそう言って、竜舎の倉庫からくすねてきた二人乗り仕様の竜用の鞍などの新しい装備を、メイド達に渡す。
「成程、確かにカッコイイですな!」
「ええ、王都の使者殿も驚かれるでしょう。 ただお嬢様、閣下に許可は頂きましたか?」
「勿論これから報告するのさ!」
「やっぱり……」
意外にも、男性陣からは高評価。
まだ許可を得てないことに呆れる声も聞こえるが、アデレードの行動に疑問を感じた様子は一切ない。普段の残念な行いの賜物と言える。
(ふたりが上手くやってくれたのだろう……邸内はいつも通りだ)
ならばアデレードもいつも通りのフリをして、備えておかねばならない。
少なくともシーグリッドが手元にいれば、いつでも動ける。




