地味でハードな鍛錬方法。
ダニエルはその夜から、ランドルフに言われた通りに居住を移すことになった。
『鍛錬だから』と断ったが初日である為『場所を把握したい』、とネイサンも着いていく。
居住を移すとはいえ、辺境伯家の婿殿として今までと変わらない生活を送らなければならないダニエルだ。当然部屋はそのまま。
朝食の二時間前には部屋に戻り、ネイサンの用意した予定表を見ながら当日の予定を把握し、準備するかたちになる。
寝床だけが変わると言っていいだろう。
先の訪問の際、予めされていた指示通り、外壁内で一番辺境伯邸そばに近い厩舎に馬を預ける。
案内してくれるという軍人に付き従い進んだ先は、城壁の外であった。
つまり、森の中。
ランドルフは森の中の少し拓けたところで、ランプを持って待っていた。
「いい夜じゃな、ダニエル殿」
「夜分にお時間を賜り──」
案内人に軽く顎で戻るよう指示し、未だに堅苦しいダニエルの挨拶を笑って流したランドルフ。老人とは思えない逞しい腕を伸ばし、ランプの灯りを薄暗い闇の先に向けると、そこには──小さなテントがあった。
「ダニエル殿にはこちらで過ごして頂く」
一人用のテントを張り、寝袋で寝て過ごすこと──それがダニエルの鍛錬となる、らしい。
就寝時は森に泊まるだけ、と思って舐めてはいけない。
なんせ、ここは森の中なのだ。
城壁で囲われた中ではなく、城壁外。
当然ながら、野生動物も魔獣も出る。
「え、大佐。 コレは流石にまずいのでは?」
ネイサンがそう言うも、ランドルフは全く気にした様子はない。
「大丈夫じゃ、これをお貸し致す故」
それは、今ランドルフが手にしているランプ。
曰く、このランプは魔道具だそう。
灯している間は光の当たる部分が結界となるらしい。
「魔力でつけられる」
「な、成程……つまり、これをなるべく消さないように休まねばならないわけですね?」
「まあそういうことじゃな。 なに、消えても魔獣や熊なんぞに狙われてなければ、問題はありませんぞ!」
そう言ってランドルフは快活に笑う。
愛想笑い的に口角を上げようとするダニエルの口元は引きつっていた。
自分が望んだことだが、文字通り命懸けであるとは。流石鬼教官、としか。
「無論、ランプが切れたら駆け付けられるように準備はしておりますがの……それに頼るような場合であれば、この方法は向いていないので他の方法に致しましょう。 今から他の方法を検討されますかの?」
一転してやんわりとランドルフはそう言ったので、ダニエルは背筋を正し決意を新たにした。
鬼教官が鬼でなくなる……それは、『育成を諦めた』という宣言に等しい。
『辺境伯家の婿』として彼女の隣に立つのに相応しくなりたい、という目的ならば、教えを乞うているランドルフにだって舐められてはならないのだ。
「いえ、やります。 お手数をお掛けして申し訳ございませんが、もしもの際はよろしくお願い致します」
──翌朝。
「おはようございます……凄い隈ですが、大丈夫ですか?」
魔獣も野生動物も出なかったものの、ダニエルは結局殆ど眠れなかった。
僅か数秒から数十秒のうつらうつらする中で見る夢は悪夢で、夢ならではの短い時間とは思えないボリュームとリアルさ……夢でダニエルは、何度も熊に襲われた。大体そこで目が覚めるらしい。
「ふふ……熊が出ただけに、隈も出たとか。 チョーウケルー」
「テンションがおかしなことになってますね」
「ネイサンも結局泊まったの? 面倒掛けてゴメンね」
「いえ、興味があるんで」
危機感を煽る為ダニエルには告げていないが、魔道具のランプはふたつで一組と対になっている。
もうひとつのランプは、ダニエルに渡したランプが作る結界の変化や周辺の状況がわかる仕様なので、彼の職務的にもここにいるのが望ましい。
それになにより、ネイサン自身が語った通り『興味がある』。愛妻との夜は惜しいが、こんな面白チャンスは逃せない。
ネイサンは当分ランドルフと共に本邸に泊まって経過観察をするつもりでいた。
「ダニエル殿、爽やかな朝ですな!」
上半身を剥き出しに、汗をふきつつランドルフは鷹揚にダニエルの元へ近付く。
「おはようございます、大佐。 朝早くからありがとうございます」
「いやいや、年寄りは朝早いもんでしてな」
確かにランドルフの朝は早い。
だが老人だからではなく、早朝鍛錬が彼の日課だからだ。
かなり気温が低くなった現在、身体の熱により周囲を煙らせている『自称・老人』は、隈が出てひ弱感マシマシのダニエルの細い腕を取った。
潜在魔力量を測る為である。
「──ぬ……?」
「? 如何ですか?」
「うむ、まあ初日故……明日また測ってみましょう。 今日は城壁でしたかな? ならば往復時間が惜しいので、夕餉もこちらに指示しておきましょう」
「助かります」
反応は些か気になったが申し出は有難く、礼を告げたダニエルはネイサンを伴いその場を辞した。
朝食時からは、アデレードとの時間である。
フェリス経由でネイサンにも入れ知恵をされたアデレードは、『カッコ良さ』を重視して、バレない程度に今までよりも『キース寄り』を意識した軽装。
(ふふふ……なるべく意識せずに距離を縮めるべく、計画は万全だ!!)
今日は『時間短縮』を理由に城壁外から馬車と馬で川向うの東の町を目指し、城壁に赴くコースにした。
(今までとは違い、長時間のふたりきり! そして……密室!!)
勿論真面目なダニエル相手、馬車の中で妖しい感じにはならないだろうが、狭い空間にふたりきりだ。
心の距離は物理的距離と共に、否応なく縮まるであろうこと請け合い。
ここでやんちゃっぽく振る舞い、話を盛り上げることで『キース寄せ』を試みる予定である。
もっとも、『辺境の姫君仕様のアデレード』がおかしいので、普段通りなわけだが。
──しかし、予定は未定という。
フェリスは、アデレードに『自らのポンコツさをもう少し自覚し、慎重に動くべき』とやんわり告げたのだが、『大丈夫』と一蹴した。
それが本当に大丈夫だったことなど、あまりない。
※展開上訂正する箇所を直し忘れていたので5/28/8:00に訂正を行いました。
それより先に読まれた方、申し訳ございません。




