優先すべきこと、と言えば聞こえはいい。
ランドルフの指南は一旦その先の指示まで。
街側の屋敷に戻るとすぐ夕餉の時間。
アデレードに贈る花を準備したダニエルは、いつものように先にダイニングルームで彼女を待っていた。
(喜んでくださるといいな)
花を眺めると、凛々しい昨夜の姿を思い出す。
彼女も物凄く強いということを、ランドルフの話でダニエルは初めて知った。
未だ見ぬ(とダニエルは思っている)アデレードの戦う姿を想像し、彼の胸は高鳴った
(…………)
──の、だが。
(……
…………
………………──はああッ!?
僕は一体、なにを考えているんだッ!)
何故かその姿がキースと重なり、いつの間にかキースへと変わっていた。
胸の高鳴りはそのままに。
キースがアデレードだと知らないダニエルにとってそれは、ふたりを比べるという非常に不敬な疚しい気持ちでしかない。
「……どうされました?」
「いやあのっ緊張しちゃって」
「ああ花ですか」
ネイサンは「大丈夫、喜ばれますよ~」と呑気に返す。
(もしや花ではなく大佐の指示に、の方だっただろうか)
浮かれた空気を出しながらも、情けない表情のダニエルにそんなことを思ったネイサンだったが、尋ねるより先にノック音。
アデレードがやってきたのだ。
「……この花を妾に?」
「ええ、美しく凛々しいアデル様をイメージして選びました」
「美しく凛々しっ……? ま、まあ確かにこの花はそういう感じではあるが……わた、ゲフンゲフン。 わ妾をイメージ……ふふふふん、わかり切ったことを……」
アデレードはあからさまに挙動不審になり、花を眺めてはソワッソワしつつ、ブツブツとなんか言っている。
嬉しすぎてキャラブレが起こっている為である。
「な、なかなかいいセンスをしている。 有難く飾らせて頂こう」
今までダニエルから特に贈り物などなかったが、経緯と短い婚約期間、そして共に過ごした時間と彼の真面目さ故の忙しさを考えたら当然のこと。
それを不満に思うことなど一切なかったアデレード。期待するどころか全くの想定外だったからこそ、わざわざこうして選んで贈ってくれたことが嬉しくて仕方ない。
いくらツンツンした言動で誤魔化そうとしても、そもそもそれが『照れ隠し』だと最初からバレバレだった彼女だが、今日は微塵も隠せておらずダダ漏れで。ダニエルもそんなアデレードに、面映ゆく嬉しい気持ちになる。
今ダニエルの瞳に映っているのは間違いなくアデレードその女性であり、キースのことはようやく頭から消えていた。
だが、その存在はすぐに戻ってきた。
他ならぬアデレードの言葉によって。
キースとしてボールドウィンを追い払ったアデレードは、ガブリエラに入れ知恵をされていた。
「この恩返しと言ってはなんですが……私に妙案が」
その内容は、『ガブリエラがキースの婚約者になる』こと。
「どういうこと?」
「アデル様は、婚約者様と上手く話せないから変な態度になってしまうのでしたわよね? そして、婚姻までに本来のアデル様である『キース』様に態度を近付け、もう少し距離を詰めたいとのご希望」
「う、うん」
「なら、アデル様に『キース』様と同じことをさせた方が、態度の是正と距離を詰めるのにいいではないですかアデル様としての婚約者様との接触に、最早『キース』様は邪魔でしかありません」
確かにガブリエラの言う通り──だが、そうするには『キース=アデレード』と告白しないと、不自然になる。
緊張から態度がおかしくなるアデレードにはどうしても言えず、言えないので『キース』でいることが大事になり、余計に言えない。
……という悪循環を起こしているアデレードにはそれが難しいのだ。
「つまり、問題の根幹は真実を言えないことにある。 そうお考えですね?」
「ん? う~ん……まあ、そうなるのかな」
するとガブリエラは不敵に口角を上げた。
「だとしたら、言わなくてもいい状況を作ればよろしいのではないでしょうか」
それは、『ガブリエラが現れ、キースはその対応でなにかと忙しくなる』というもの。
「それで問題は一先ず解消されますわ」
最終的にキースは辺境伯領を出て行ったということにし、フェードアウト……
それがガブリエラの提案した概要である。
実のところ、『影の辺境伯』というキースの位置付けは、あくまでもダニエルの想像でしかない。
実際に『辺境伯家の傍系、キース』という青年がいた場合、婚約者がいてもおかしくない。当然、結婚して他領に出ることも。
「まあそれだと、私がいるのに彼が消えるという多少の不自然さは残りますね。 そこはまた違うもっともらしい出奔の理由を考えればいいでしょう」
と、今のところの些細な懸念材料だけ予め呈示した上で、その利点を述べる。
「そうすることで、『キース』様の役回りを自然なかたちでアデル様にシフトチェンジし、婚約者様に真実を告げないままフェードアウトできるのではないかしら」
『真実を告げなければいけない』と思っていたアデレードにとって、それは新しい視点だった。
(だが……それはダニーに対して不誠実ではないか)
「アデル様、今も不誠実ではありますのよ」
「ひいっ?! 心を読んだ!」
「お顔にわかりやすくそう書いてありますわ」
そう、ぶっちゃけ最初にダニエルを試した時点で、誠実とは言えないのである。
しかしそれは、少なくともアデレードにとって必要なことではあったし、今のふたりの関係に一役買っているのも事実。
アデレード自身、『怒らせても構わん』と思ってやったこと。そこに後悔はない。
敢えて後悔と言うならば、真実を言うタイミングを引き延ばしていることだろうが、それでは『キース』のような付き合いはできなかっただろうと思うと、やはりそれも後悔はしていなかった。
後悔というか、申し訳ないと思うのは言えなくなってしまったことだ。
ただ、今謝罪し暴露しても、ダニエルなら許す……というか、おそらく怒らないだろう。
なにしろ婚姻が王命で出され、辺境伯領に赴くことになるまでの、異例の早さ。
アデレードの当初の不安や、現在の不器用な恋心を許せない程に彼は狭量でも、察しが悪くもないのだ。
「今までがそうであったように『誠実さ』にも優先順位がございますし、その上にも更に。 要はなにを今一番大事とするか、そしてすべきか、ですわ」
そう言われては返す言葉もなく、アデレードは罪悪感を抱えつつもガブリエラの提案に乗ることにしたのである。
「では……明日からは城壁の案内もアデル様が……?」
ダニエルは動揺しつつ、安堵してもいた。
寂しいという気持ちはあるが、気持ちがあるからこそ困っていたのだから。
「ふっ……今後は妾に任せよ!」
やはり真実を隠す選択に罪悪感はあったものの、ダニエルの表情を『満更でもない』と受け取ったアデレードは気を取り直していた。
(ガブリエラの言った通り、優先すべきは私とダニーの関係を深めること。 『キース』のことは一先ず置いておく……!)
はからずも、ふたりの中で一致した『キースのことは一旦置いとく』という先送り案。
しかし忘れる勿れ……所詮『キース』は『アデレード』なのである。




