不安と共に育つもの、それは脳内閣下の筋肉。
キースの案内のもと、墓地とは逆側の小さな庭園に入る。
ここで軽食を摂るらしく、クロスのかけられた小さなテーブルにはケーキスタンドにスコーンや小さなサンドイッチが載っている。
彼はメイドの女の子にお茶を言い付けてから、椅子にぞんざいに腰を掛けた。
「ふむ、」とひとつなにかを納得したような声を出したキースは、ダニエルに微笑みかけて席につくよう促す。
「君は不安なのだな? 君の不安を取り除くのも私の役目。 まずは楽にしたまえ、口調も気にするな」
ここはアウェーだ。迂闊なことは言えないけれど、好意的な人とは繋がりを作っておいて損はない。
「そ……そう? じゃあ失礼して」
「さぁなんでも話すがいい!」
「ええ……」
困惑したが、そう言ってニカッと笑う彼に裏は感じられない。
(ならば本当は上手いこと言葉を選びつつ、彼に色々聞くべきなんだろうな……)
だが、なんとなく不誠実な気がして聞くのをやめた。
向こうだって自分がどんな人間かなど知りやしないのだし、不本意な婚姻かもしれないのだ。
とはいえせっかくの申し出である。
(それにご親族なら仲良くなっときたい)
打算的だが、ぶっちゃけそれ。
なにかを聞く代わりに、少し心を開いて弱音を吐かせてもらうことにした。
「正直なところ、荷が勝ちすぎていて。 急に王命で僕なんかが婿入りして、ご迷惑ではないかと」
「まあ急な話だったから、確かにね。 だが自分を卑下するのはよくないな」
そう言うが、これは客観的意見でありながらも単なる弱音であり、愚痴に過ぎない。
絶対に一般ウケがいいであろう目の前の少年の容姿や、あまり考えなくてもそのままで好かれそうな明るさが『正直羨ましい』と思うのも事実ではあるが、別にダニエルは自己肯定力が低い訳ではない。
ただ自分の持ち合わせたモノが、一般的に認められたりウケたりするかどうかは別問題というだけで、そこへの理解は、ダニエルの長所が周囲の評価に冷静で空気を読むのに長けているからこそ。
その自覚がある彼の自己肯定力はむしろ高いくらいであり、全く卑下してはいない。
しかしながら一般的に大したスペックなどない自覚も、同時にあるのだ。
そんな彼の他の武器──それは、愛嬌。
そして人畜無害面と人当たりのよさ。
ダニエルのこれからの展望としては、なんとかそれを使って上手く懐に入りたいところである。
「この際ロマンス小説でいうところの、不憫系ヒロインが如き立場でも構わないんだけど……」
「ドアマット? なんだいそれ」
「ワンパン即死だけは避けたい」
「ワンパン即死?!」
「いや、『だけ』ではないな……たとえ歓迎されたとしても、ひ弱なもやしっ子の僕が『ブルァァァァァ!! よくぞ来たムコ殿ー! まずは一兵卒かルァアァァァー!!(※巻舌で)』等と言われても多分死ぬだろう。 なんとか閣下に気に入られ、邸宅敷地内の馬番あたりでやり過ごしたいところ」
「さっきから君の閣下のイメージ、どうかしてない?!」
最早ダニエルの頭はアデレードよりも、屈強で威厳のある辺境伯閣下に気に入られることでいっぱいになっていた。
「大体『馬番』て! 君は婿入りしに来たんだろう?」
「ソウデスネ……」
キースの言うことはごもっとも。
(つーかまずアデレード様に気に入られるべきだよね~!!)
ダニエルも自分でそうツッコんだ。
しかし自己肯定力の高いハズの彼にも、女性に気に入られる自分の要素が思い付かないのだった。
押し付けられて散々読んだロマンス小説では、ヒーローがヒロインに一目惚れとか、素敵な過去の思い出とかがあったりするモンだけど、生憎今回のヒロインの立ち位置はダニエル。
ない。
なにもない。
惚れる要素も、素敵な過去の思い出も。
なのでやはり彼は、アデレードが『アマゾネス』であることを祈らずにはいられないのである。
妖精でもアマゾネスでも彼自身の態度は変わらないが、相手が慣れているかどうかで好感度は大きく違うだろうから。
(僕って器の小さい、小狡い男だなぁ……小さいのは身体だけでいいというのに。 我ながら情けない限りだ)
アデレードのことを考え、自己嫌悪に肩を落としたダニエルに、キースは笑った。
「君は考え過ぎだよ。 私は君のことがなかなか気に入ったぞ?」
「そ、そう?」
「少し落ち着いたようだし、散歩でもどうだい? 動いた方が緊張も和らぐだろう」
ダニエルは有難くキースの言葉に従うことにした。
──しかし、それがあんなことになろうとは。
このあとダニエルは、辺境の痛烈な洗礼を浴びることになる。
それは、たとえ彼が名探偵だったとしても全く予想できないであろう、信じられない出来事であった。
※ダニエルの脳内辺境伯閣下CVは、若本規夫さんのイメージでお願いします。