モブ令息は、打ち切り風味で決意する。
キースとボールドウィンの激しい応酬。
それは見る者が呼吸を忘れる程の速さで、美しいモノだった。
しかし、既に冷静とはいえないダニエルだ。気が気ではない。
「おや……遊んでおいでですねぇ」
「!?」
共に見ていたネイサンが、そう耳打ちするまでは。
「若旦那様にはわからないかもしれません……ああ、恥ずかしいことでは。 おそらくある程度の者でなければ正確に状況を把握するのは難しいでしょうから」
「……どういうこと?」
「んん、そうですねぇ。 動きではなくおふたりの表情にのみ、注視してご覧になるとよろしいかと」
「──」
言われた通りダニエルは、動きを追うのをやめて表情にのみ視線を向けた。
攻めているように見えるボールドウィンの表情は、ジワジワと余裕を無くしている。
それに対し、防戦一方のキースの表情はずっと変わらず涼しいまま、息の乱れすら感じられない。
(『遊んでいる』……)
溜息とも取れないような小さな息を漏らすと、安堵というには複雑過ぎる感情で胸が疼く。
その中のひとつには、ロックバード戦で感じた興奮と憧憬と同じもの──ダニエルはあの時と同じ様に見蕩れながら、何故か今それは切なさを伴って、身体の内側をなにかに絞られているような複雑な苦しさがあった。
(──僕は)
「勝者……いや、勝敗は決した!」
ヘクターの声に歓声が湧き上がる中、ダニエルはネイサンに声を掛ける。
「……行こう」
「御意」
踵を返しひっそりとその場を離れる主はいつになく張り詰めた空気を醸していて、ネイサンは暫く黙って付き従う。
──ロックバードと戦うキースを見た、あの時。
恐怖を感じなかったわけではない。
ただそれよりも、ダニエルはハッキリと自分が高揚していることを感じていた。
共に戦いたい。
なにかできることはないのか。
無力さを実感しながらも、なにも出来ない自分が歯痒くて拳を握ったダニエルの胸の奥には、堪えられない程の熱い衝動が確かにあったのだ。
昨夜のアデレードにも、似たような気持ちはあった。
(ただ守られるだけは嫌だ)
その気持ちは、ロックバード戦の時よりもハッキリとした焦燥感を以て、ダニエルを突き動かす。
キース、アデレード、恋、立場、そして弱さ。
ぐちゃぐちゃした心の内が整ったわけではなかった。それでも、衝動が前へ前へと足を動かす。
(僕は、あの人達と並び立ちたい……!)
そこにあるのは、男女や恋愛を超えた、強い望み。
辺境伯邸の厩舎前まで来て、馬に乗る様だとわかったネイサンはようやく尋ねた。
「どちらへ?」
「──ランドルフ大佐の元へ」
そう答えたダニエルは、すっかりいつも通りの様子だった。
いや、いつもよりも……ネイサンが見たことのない僅かに凛々しさを感じる表情。
(私はロックバードの件をフェリスから聞いただけだが……若旦那様は、意外と血気盛んなお方なのかもしれん)
「キース様に触発されましたか」
「うーん……そうなるのかな?」
「なんにせよ、スッキリした顔をなさっておいでですよ」
「そうだね。 目標というか目的というか、道が定まったというか……そんな感じだよ」
(しかし、圧倒的だった)
ランドルフの元でどんな教えを受けたとしてもキースは勿論、相手だったボールドウィンのようにすらなれないだろう。
才能や体躯の問題だけでなく、彼等もそこに辿り着くまでの長い期間、研鑽を積んだに違いないのだ。
憧れは憧れ。
一朝一夕レベルの短い期間でダニエルがしたいことは、騎士や軍人のような屈強さを身に付けることではない。
したいことは──
その場に応じた『自分にできること』をやれるようになること。
それこそロックバード戦の時と同じように。
あの時よりも、もっと高精度で。
(それを考えられるだけの余裕と、使える手札を増やす)
その為になにができるかすらまだわからないというのに、漠然とだがダニエルには何か自信のようなものがあった。
この『自信のようなもの』──それは自信とは違う。
向かう気持ちが強いだけだ。
それは初めて彼が、自ら望んだモノだから。
いつでも与えられた役目に対し真摯に向き合い、自分の中で昇華していたダニエルには、その意識すらないが。
そしてダニエルはランドルフに教えを乞うたことで、自分の中にある可能性──潜在魔力量の多さを知ることになる。
★ダニエルの戦いは、今始まったばかり──!!
ご愛読ありがとうございました!
砂臥先生の次回作にご期待ください。(嘘)
ランドルフ「もうちょっとだけ続くんじゃ!」
そんなわけで(どんなわけだ)、なんとか章ごと毎日更新をキープできたところで、五章も終了です。
五章は一足早く五月病を発症したのか、なかなか筆が乗らなかったんですが、六章はなんとかさっさと仕上げるべく頑張ります……!
引き続きご高覧頂けると大変嬉しく思います。
砂臥 環




