格の違いわからせ系プチざまぁ。
【悲報】ストックが尽きました……
対峙したボールドウィンとキース。
通常の模擬戦ならば剣を鞘から抜き、双方が構えてからをスタートとするが、そうしたのはボールドウィンだけ。キースは少しばかり足を開き腰に手を当てたまま動こうとしない。
「抜かないのかね?」
「つまらないことを。 君は敵や野生動物相手にわざわざそれを聞くのか?」
やれやれ、とばかりにキースは柄に手を当てると、緩慢とも言えるくらいの美しい所作で優雅に剣を抜いた。
「──来い、辺境の戦い方を見せてやろう」
そう言うキースの瞳が獣のような光を帯びる。
───ゾクリ。
背に冷たいモノが走ったボールドウィンの身体が一瞬硬直した。
(圧だと? この私がこんなガキに……!)
「シッ!」
ほんの僅かに遅れたが、それは充分に鋭い初手と言えた。体格差を活かした長い脚での踏み込み。彼の長剣はキースの喉元を確実に捉えた筈だった。
──キンッ
だが高い金属音を立てて、それはいなされた。
実に軽く。
キースは動いていないように見えて、半歩程剣の軌道上からズレた位置に移動し躱していたのだ。
(馬鹿な……!)
そう思いつつも、ボールドウィンは攻撃の手を緩めない。
その度にキースは同じ様に躱していく。
ボールドウィンは、ジワジワと焦りが迫り上がるのを感じていた。
端から見るとそれは鮮やかな打ち合いのように見えるだろう。だが、彼にはわかっているのだ。
キースの剣はボールドウィンの剣の表面を、派手に見えるようにわざと叩いている──そのことに。
完全に見切って避けているのだから、刃を交わす意味などないのだ。
(『辺境の戦い方』と言ったのに全くそうでもなくなったが……まあ、いいだろう)
本当はさっさと仕留める気でいた。
『辺境の戦い』は、基本が魔獣相手。故に油断は禁物であり、殺れる時に殺る。
勝敗など無意味であり、死んだ方が敗けだ。
平和な脳ミソの割に自信家なボールドウィンにイラついたキースは、そのあたりをわからせてやろうと思ってああ言ったものの……結局やめた。
これは私怨ではなく、ガブリエラの為。目的は自分にはないのだから。
ボールドウィンの実力はわかった。
キース評としては、『なかなか良い腕をしている』と言ったところ。
それだけに、遊ばれているのが本人にはわかる筈だ。
彼の評判を徒に貶める必要はない。
周囲に充分に『なかなかの手練である』ことをわからせた上で、ハッキリとこちらが『別格』であることを彼にのみ示してやることにしたのである。
一見するとキースが押されているようにも見える、素早い打撃の応酬(※に見せかけたもの)が続く。
ボールドウィンのお高い鼻っ柱は存分に折った。
心まで折ってしまう前に、キースは片を付けることにした。
(派手にキメたいところだが……やめとくか)
自分自身とその権力を欲して、最終的に決闘になったことは何度もある。だが、相手がここまで持ったことはない。
派手なトドメを惜しみつつも、ボールドウィンにはそれなりの敬意を表し、地味に終わらすことにする。
彼の剣を薙ぎ払わず、体勢を素早く低くしたキースは懐に入り込んで喉元に切っ先を突き付けた。
「──終わりだ、プリジェン卿」
「ッ」
……コッ。
小さく息を呑んだ後、ボールドウィンは諦めたように自らの剣の先を地に付けた。
「勝者……いや、勝敗は決した!」
──わぁああぁぁぁぁっ!!
名前を敢えて伏せたヘクターの審判とともに、歓声が響く。
それは勝者であるキースにだけでなく、ボールドウィンの見事な剣技をも讃えるモノで。
周囲から聞こえる会話や惜しみない拍手がそれを示していた。
「……完敗だ」
暫し瞑目し、小さく溜息を吐く。目を開けると僅かに首を振ったあとでキースに苦笑を向け、そう言ったボールドウィン。
彼はどこまでも紳士的に握手を求めて手を差し出した。
「君もなかなかの腕だったよ、プリジェン卿」
剣を鞘にしまうと、ボールドウィンの手を快く握り返す。逆の手で拳を作りノックするように彼の肩をひとつ叩いて、キースは小声で言った。
「だが、視野の狭いところがあるようだ。 ──エラに対しても」
「!」
向き合ったふたりの視線が合う。
キースは対峙した時のような、強い視線でボールドウィンを見詰めた。
「アレは閉じ込めて満足する女じゃない。 君は不合格だ」
ボールドウィンはハッと小さく息を吐いたかと思うと、空いた側の手で顔の上部を隠すようにそのまま忍び笑いを続ける。
最後にそれを軽いため息に変えた後で、目元を覆っていた手を離し、再び視線を交わした。
「それは、アドバイスのつもりかい?」
「さて? まあせいぜい精進したまえ。 彼女が望めば、何度でも私が立ちはだかることだけは覚えておくがいい」
これは特にボールドウィンへの優しさからではない。
彼が本気なら多少不名誉な噂が囁かれようと、まだ諦めないかもしれない。
その時にボールドウィンが変わってガブリエラと上手く行くなら勿論いいが、変わったところで彼女はそう簡単に信じはしないだろう。
後はふたり次第。関係性がどうあれ、それが相手を尊重するものならキースが出る幕はもうないのだ。
──だが、そうでないなら次はちゃんと潰す。
これはそういう脅しも含んでいるのだ。
例えば彼が今後、今までにしたようなガブリエラが本意でないことをしたり、外堀を埋めてきたりした場合への。
「……肝に銘じておくよ」
そう言って去ったボールドウィン。
悔しさを滲ませつつも、最後までみっともなく崩れることはなかった。
なかなかの実力を持った彼のメンタルも、なかなか強靭そうである。
「……諦めてくれましたかね~」
「さあね。 ただもう強引には来ないんじゃない? まあ、なんかあったら次は容赦しない。 エラ、彼とはそれでいいね?」
「ええ……ええ! ありがとうございます……!」
彼が今後どうするかはまだわからないが、ガブリエラの問題は一旦解決したようだ。
……ただし、キース及びアデレードの問題は、これによって深まっていたのだが。
【どうでもいい裏設定】
※「(トドメが)そんなに地味でもなくない?」と思った方へ
・派手にキメた場合①(美しさ重視)
ボールドウィンの攻撃をヒラリと華麗に躱しつつ、素早く後ろへと回り込みながらさりげなく膝裏を蹴り飛ばし、体勢が崩れた彼に向け剣を相手にダンスのフィニッシュを決めたかのように美しく切っ先を喉元に突き付ける。
・派手にキメた場合②(カッコ良さ重視)
ボールドウィンの攻撃をわざと避けずに大袈裟に受けた後で、まるで弾かれたかのように剣を飛ばす。
丸腰状態のままボールドウィンのトドメの一撃を、軽いアクション(※転がる・前/後宙等)で避けながら剣を拾うと、強化された筋力による抜群の跳躍力を発揮し高くジャンプ、太陽を背に斜め上から攻撃。
最終的に蹴り倒した後、寸止め。




