嘘は女の鎧だったり、そうでもなかったり。
ガブリエラがここにきた、一番の理由──それは、
「その方に諦めて頂くために、強い男性をご紹介していただこうと」
「ええっ?!」
「勿論、仮の恋人として。 当然ですがお給金はお支払い致しますわ」
そう、『レンタル彼氏』である。
条件に合った相手をアデレードに紹介して貰うことが目的だ。
ガブリエラに言い寄っている相手は、紳士的な粘着男だ。
いずれ必ず居場所はバレるし、恋人と偽って誰かを紹介してもその者について調べる可能性が高い。
また、レンタル彼氏側との揉め事も避けたいので『婚約者・恋人がいないこと』は必須条件。
そして相手が『そこそこ顔のいい、領騎士団長の伯爵家次男』というのがまた面倒臭い。
「間違いなく彼に諦めて頂くために、できれば見目良くスマートに振る舞える方がいいのです」
自信家でナルシスト気味(ガブリエラはそんなところも好きではないようだ)な男だけに、『恋人から奪えばいい』と思われては逆に危険である。
「それでも諦めない場合、決闘をふっかけてくる可能性もあるのでお強い方でないと」
田舎の伯爵家次男、所詮は自領での領騎士団長……と侮る勿れ。裕福な伯爵家と言うだけあり領地は栄えており、華やかな商業街。
そこの騎士団長と言うだけの実力を彼は備えているのだという。
「う~ん、ヘクターねぇ……確かに条件は一致しているし、猫を被るのは上手い方ではあるけど……」
珍しい馬具とか、なにかで釣ればいけないこともなさそうではある。
一方で、その動物への偏愛自体、足を引っ張りかねないような不安も同時にあるのだ。なんせ、本当の彼は人嫌いなのだから。
そしてヘクターは確かに強いが、どちらかというと複数攻撃型であり、陣形を組むなら後衛タイプ。
相手の実力がわからないのでなんとも言えないが、ヘクターのタイプ的には『決闘』で粘着ナルシスト男を撃退できるかは難しいところだ。
「兎に角急いでますの。 『できれば』と申しました通り、一番は強さです。 先手を打つなら見目と所作は大事ですが、あの男は鼻が利くので……」
ガブリエラはそこまで言うと、遠くを見てサッと顔色を変えた。
「エラ?」
「まさか、もう来るだなんて……ッ」
「なんだと!?」
ガブリエラの視線の先には、颯爽と風を切り歩く男の姿。
長身の、なかなかのイケメン。
身なりとセンスもいい。
──それが件の男だというのはすぐにわかった。
彼もこちらに気付いたようで、非常に爽やかな笑顔を振り撒きながら軽く片手を上げた。
それはもう、爽やかでありながら人懐っこい笑顔で……まるで『遠出した恋人を迎えに来た男』の姿。
ガブリエラから話を聞き、ここまでの経緯を知っているアデレードとフェリスも、聞いてなければこの後アッサリ言いくるめられていたのでは、と思う程。
(お嬢様、アレは完全にヤバい奴ですわ!)
(ああ、わかっている!)
それなりに場数は踏んでいる苦労人のガブリエラ。
だが、その鉄壁の淑女スマイルも心無しか引き攣っており、緊張と警戒に身を堅くしているのが見て取れる。
近付いてくる男に、当然ながら護衛であるヘクターが更に前に立った。
しかし、そんなヘクターにも彼は余裕だ。
「おっと──職務中失礼。 だが私はそちらのご令嬢の友人でしてね、不審な者ではありません」
軽く苦笑し自然な距離で止まると、奥のガブリエラに視線を送り、続ける。
「私はプリジェン伯爵家次男ボールドウィン。 ガブリエラ嬢、御友人方を私にもご紹介頂けませんか?」
「……どうしてここに?」
「休暇でたまたまです。 しかしこんなところで貴女に逢えるだなんて、実に運命的だ……そうは思いませんか?」
(白々しい……ッ!)
シレッと偶然を装った挙句、口説き出したボールドウィンにアデレードは『キース』として席を立ち、そのまま椅子を引いた。
「ここに座るといい」
「ッ!?」
「おや、ありがとうございます」
促されるままスマートに腰を掛けたボールドウィンは、ガブリエラに向き合うように微笑む。
息を呑むガブリエラに、キースは『大丈夫』とでも言うように笑い掛け、流れるように手を差し出した。
「行こう、エラ」
「! ──は、はい!」
「!」
立ち上がるガブリエラを追うように腰を浮かしたボールドウィン。
しかしキースは彼女の腕を軽く引くと間に入るように立ち、空いてる方の手でボールドウィンの肩を軽く押して微笑んだ。
「ああプリジェン卿、この店はアップルパイが美味いんだ。 頼んでおくからゆっくり食べていくといいよ」
「……君は辺境伯家傍系のお坊ちゃんかな? 残念ながら存じ上げないのだが、名をなんと?」
「フッ、ご覧の通りデート中だ。 生憎、無粋な輩に名乗る名など持ち合わせていないものでね」
「ふふ、成程? ──いいだろう、ここはご馳走になるとしよう。 お返しは、近々」
「いいや、結構。 折角の休暇の一人旅だ、邪魔はしないよ。 存分に楽しんでくれたまえ」
ガブリエラの望み通り、貴族的嫌味で煽りに煽るキース。
勿論、狙いは──決闘。
(お嬢様……ヤル気ですわね?!)
(当然! いちいち絡まれると面倒だ、ここでカタを付ける)
サッサと決闘を挑ませたいのだが、キースは所詮アデレードの男装。男には見えても、どうしても若く映るらしい。
やはり23のガブリエラの恋人としては歳が離れて感じるようで、関係性を測りかねているのかボールドウィンは柔和な表情のまま、隙のない視線でこちらを窺うだけで動こうとはしない。
(慎重なヤツだ……だが、これならどうかな?)
キースはガブリエラの腰を引き、熱い眼差しで見詰めると
「待たせてごめんよ、お姫様」
そう言って、頬に口付けを落とした。
ボールドウィンの位置から、唇を重ねたようにも見えるように。
そして挑発的に笑う。
「……!」
(これで動かないなら、ただの腰抜けだ)
──それを遠くから蒼白な顔色で見詰めている男がいることを、キースことアデレードは知らない。




