ガブリエラの事情と思惑。
ガブリエラがアデレードから勝ち取ったのは、当面の滞在。
「ここにいることはあまり知られたくなくて。 両親には『王都へ旅行に』と置き手紙を」
どうやら一人、こっそり出てきたらしい。
請け負っていた様々な仕事は、こちらでもやれることのみ残し、他は終わらせたり、引き継ぎの為に資料を取り纏めてきたという。
非常に計画的である。
「道理でそんな格好の割に、供の者がいないと思った。 危ないだろう」
「うふふ、伝手がそれなりにございますので。 服はこちらに入ってから購入し、宿で着替えたのですわ。そこからはすぐ馬車で」
友人の非公式な訪問。
とはいえ、まず正しく認識されないことには、話自体通されない。
服装も然ることながら、ガブリエラは先触れとは言えないレベルでの襲来予告は行っていたようだ。
具体的に言うと、服を着替えた彼女が着く1時間前に、手紙を持った使者がこちらに着くような。
「無論、ただ御厄介になる気はございません。 私にできることはやらせていただきます」
辺境の姫君である次期当主・アデレード。
書類上の婚姻は間もなくだが、お披露目である式は盛大に行う為、長い冬が明けてから。
その準備諸々を考えると、むしろ有難い申し出と言えた。
──まあ、それがなくても有難いわけだが。
(一連の文句は照れ隠しだったのかな?)
(いえ先程、『ここにいることはあまり知られたくない』と)
先ずはこちらの相談より、先に彼女の事情を聞いた方が良さそうだ。
そう判断したふたりは、街を案内しながらガブリエラの必要な物品を購入がてら、その辺を聞くことにした。
街乗り用の軽装馬車に乗りながら、会話は続く。
「そういえば、なんですの? そのお姿は。 普段の服装より、更に男性的ではございませんか」
順番を変更した途端に順番が回ってきた。
「あ~そうそう……男装姿の私には『キース青年』として接するようにね」
「男装? 『キース』? 一体どうされたんですの?」
だが初恋に恥ずかし乙女なアデレードにはこれくらいの緩さが逆に良かった様子。
フェリスが中心になって説明しつつ、アデレードが補足しながらざっくり伝えた。
呆れられるか、笑われるかと覚悟していたが、ガブリエラの反応はどちらでもない。
「成程……」
そう言ったまま、なにかを考え込んでいる。
「それは一先ず置いといて、そちらの事情は?」
ガブリエラはどうやら、ある男性に付き纏われているらしい。
「付き纏われている、というと相手の方に失礼なんですけれどね。 彼は一応紳士ですし……」
そう苦笑しつつ嘆息するガブリエラだが、それは『満更でもない』といった様子ではなく、心底嫌そうである。
目的の商業区域まで着いたので、そこからは買い物をしつつ話を続けた。
「相手がどうとかでなく、婚姻自体が嫌なの?」
「いえ……積極的に結婚をしようとは特に思いませんが、したくないという程嫌なわけではありません。 惹かれる方がいれば、の話ですけれども」
当初のガブリエラが結婚を人生の選択から排除したのは、我の強さ故。経済支援のようなかたちで借りを作るような婚姻だと、それを盾に自身の行動が制限される危険があったからだ。
伯爵家が安定した今、一方的でないようなかたちでならば政略婚だって構わないという。
ガブリエラに言わせると、伴侶に大事なのは別のものであり、出会いのきっかけなど些細な問題でしかないそう。
「ですが、その条件と婚姻の必要性をあまり感じないことも多くてですね……お見合いをしてしまうと面倒な話になるので、まずは切り離してお仕事のお話だけなら、という話になることが多いのですけれど」
どうせ、その際に相手の為人はわかる──というガブリエラ。
甚だ合理的であり、高位貴族であれば眉を顰めそうな話だが、そもそもそういうところが買われているので相手方も文句はない。
実際、見合いが行われないまま、釣書がきっかけで業務提携に及ぶことになった家もあるようだ。
話を戻し有り体に言うと、今言い寄られている相手のことが、ガブリエラはあまり好きではない。
「とても良い方ではある……とは思うのですが、なんと言いますか、その、感性が豊か過ぎて私とは合いそうにない……」
「感性が……?」
「?」
フェリスとアデレードは顔を見合わせた。
感性、と言い出すからには容姿や能力の問題ではなさそうだ。
「包まず言ってよ、まだるっこしい」
面倒になったアデレードが投げやりに言うと、ガブリエラは頬を染めながらも嫌そうに口を開いた。
「……熱烈に愛を囁いてくるんです!」
「ええ?!」
釣られて赤くなるアデレード。
困惑気味のフェリス。
「し、失礼ながらガブリエラ様? それのどこが悪いのです??」
「だって、その方とは恋人でもなんでもないんですのよ?! ハッキリとお断りしたというのに!!」
相手は兎に角、情熱的で強引。
仕事には関係の無い相手で、裕福な伯爵家の次男であり剣の腕に長けており、領の騎士団長を任されている。
彼曰く、『なにもしなくていい、傍にいて欲しい』とのことだ。
だからこそ能動的なガブリエラは、『合わない』と感じ、辟易しているそう。
しかし手紙や口で愛は囁いても、行動自体は極めて紳士であり、周囲との関係性から無下にもできないのだという。
最初はやんわりとお断りしていたが、友人を誑しこんだり偶然を装うようなかたちで近付いて来る為、会話が周囲に届かないようにハッキリと断った。
すると、次に彼と会った友人に呼ばれたパーティーでは、まるでガブリエラが『ツンデレが故に素直になれない』かのように周囲に囁かれ、生温かく見守られたらしい。
彼はそれに、否定も肯定もしなかった。
これまで恋人がいなかったガブリエラだが、アデレードなどの一部の親しい友人には少しツンデレ気味。
しかも相手は口が上手く、ガブリエラの頬がおもわず染まるようなことを、周囲の前でこっそり耳打ちしてくるのだ。
彼女の『ツンデレではない』は、悪魔の証明である。
「え、やだそれはちょっと怖い」
「でしょう?!」
淑女の仮面が剥がれたガブリエラは鼻息荒くそう言うと、コホン、と小さく咳をし続ける。
「恋愛に生きる人を否定はしませんが、私は真っ平御免です。 彼と婚姻したらおそらく、私の自由は死にます」
「確かに……」
幸いなことに男は『貴女の愛が欲しい』などと宣っている。
やや不埒な真似を見せても、身内的な外堀を埋めたり純潔を奪うなどして絡め取る気はないようで、姑息な手段もガブリエラに会う手段に過ぎない体を取っている様子。
だが、それも彼の態度を鑑みるに『今のところは』に過ぎないので、戦々恐々としているという。
「ほとぼりが冷めるまで、こちらにいるつもりかい?」
「そうできたらいいんですけど……」
ガブリエラは不穏な感じを滲ませて言う。
買い物は粗方終わった。
すぐに必要なものいくつかを運び、あとは店の者に言い付けて運んでもらう。
まだ時間も早く、折角だから……と街歩きを楽しむ為、休憩と軽食の為に行き付けのカフェに向かうことにした。
ゆったりとしたテラス席のある、アデレードお気に入りの店だ。
ガブリエラは、今や護衛というよりもポーターと化しているヘクターへとチラリと目をやった。
「……彼は、ノースブロウ卿でしたかしら?」
「ん? うん」
「随分とお顔立ちが整った方ですわよね。 細身ですけれど、お強いとか。 婚約者や恋人はいらっしゃるの?」
「ヘクターに興味が?」
急に話題がヘクターになり、アデレードは少し困惑した。
質問の割に、アデレードの知るガブリエラや彼女の今までの内容、そして醸す空気から恋愛的な興味関心があって聞いていると思えなかったから。
「あるといえばありますわね……」
ガブリエラは再び『成程』と言った時のような思案顔になったあと、アデレードをまじまじと見てにっこりと微笑む。
そして、やってきた一番の目的を告げた。
※設定上、辺境伯邸から街へはすぐなので、馬車は街乗り用に微修正してます。




