花の命は案外長い。
「久しぶりだね、エラ!」
「先触れなくやってきた非礼にも拘らずの歓迎、御心の広さに感謝致します」
「相変わらず堅いなぁ、私と君の仲じゃないか。 もっとくだけてくれて構わないよ?」
「左様ですか? うふふ、では遠慮なく」
アデレードは久々の友人の訪問にはしゃいでいた。
キースの格好のまま、客室にエスコートする背中には、喜色がありありと見て取れる。
ちなみに、ダニエルが見たのはこの姿である。
先触れなく現れたのは、アデレードの友人であるエラこと、ガブリエラ・ラングエッジ伯爵令嬢。
アデレード同様、花の嫁き遅れ組だ。
もっとも、彼女が嫁き遅れたのはアデレードとは大分理由が違う。
今は持ち直したが、祖父が投資に手を出し失敗したせいでラングエッジ伯爵家は貧乏だった。伯爵家を立て直し、弟を学園に行かせる為にガブリエラが社交を望まなかったことが大きい。
矜恃も高いが我も強いガブリエラは、自分は政略結婚に不向きだと考え、働いていたのである。
ガブリエラの母は元々侯爵令嬢で、才女。
ラングエッジ伯爵との婚姻は恋愛によるもので、反対を押し切って嫁いだ為、実家との折り合いは悪い。
それでも融資や孫達の進学支援の話は出ていたのだが、ガブリエラ自身が『学ぶのには母からで充分であり、領に残り様々な経験を積んだ方が今後の糧になる』と判断したため、学園には通っていない。
アデレードの母と友人だった伯爵夫人が、利発な娘と評判だったガブリエラを連れてやってきた茶会が、アデレードとガブリエラの交流の始まり。
辺境伯が甘やかしたせいですっかり少年のようになっていたアデレード。
茶会でも人気者だったが、『王子様』的な意味である。
それに年齢にそぐわない貴族令嬢的な嫌味を以て突っかかっていったのが、ガブリエラ。
口が回るだけでなく、しっかりと母に躾られていた彼女の所作は美しかった。
そこで自尊心を傷付けられたアデレードは発憤し、それまでマトモに受けなかった淑女教育を受ける気になったのである。
もともと母であるラングエッジ伯爵夫人は家庭教師として働くことになる予定だったが、アデレードの強い希望でガブリエラも一緒に勉強することになった。
その際共に学んだ、距離の近すぎる見習い侍女に苦言を呈したのもガブリエラ。
環境的に距離感の是正はされていないが、お陰で主従の意識を弁えて育つに至る。
ガブリエラと彼女の母は、アデレードとフェリスにとって恩人といっていい相手。
ネイサンはさも『面倒臭い相手』であるかのように言ったが、だからこそ。
おそらくはダニエルを見定める為にやってきたのだろう、そう推測したからだ。
客室に通されソファに座る前、ガブリエラはやってきた時と同様に美しくカーテシーをとった。
「辺境の姫君アデレード様にお祝い申し上げます」
((キタ────!!!!))
無論恩人とは言えど、アデレード達も婚約についてなにかを言われることは想定済みである。
ただ、その話題にふたりは歓喜していた。
ダニエルの為人には問題はなく、問題があるのはむしろアデレードの方。
そしてそれに今悩んでいるアデレードとしては、ガブリエラという存在は有難い。
学園にこそ通っていなかったものの、才女と謳われた母同様にガブリエラは才女であり、厳しい意見をくれる人。
苦労を重ねたことで、人付き合いにも長けている。
美貌もそれなりの彼女は、婚姻など『していないだけ』。
王都では知られていないがこの北部では、ややトウが立った今もガブリエラは人気の高いご令嬢である。
低位貴族を中心に、家政は勿論、領地経営の補佐もでき、ひとたび社交界に出れば上手く立ち回れるであろう彼女を望む者は多い。
だが、そんな相手をするりと上手く躱すガブリエラ。
恋愛は兎も角としても、男女の駆け引きには詳しい筈だ。
「この度はご婚約、誠におめでとうございます」
「はは、そうなんだよ! 発表はまだなのに、流石はエラ! 耳が早いなぁ~」
(このチャンス、逃してはなりませんよ!)
(ああ、勿論だとも!!)
そして行われる、侍女とお嬢様のアイコンタクト。
『使えるものは親でも使え!』が辺境伯領の掟なのだ!
──しかし、
「うふふふふ……」
「「ひっ?!」」
ガブリエラは淑女の仮面で柔らかく微笑みながらも、漫画であればなんか強そうな文字で『ド』や『ゴ』が彼女の後ろを暗雲エフェクトと共にえげつなく並んで出そうな、それはもう恐ろしい雰囲気を纏っていた。
「エ、エラッ?!」
「本当におめでたいですわぁ……」
そう言って上品にソファに座った彼女は扇を開き、その裏で続ける。
「辺境の姫君であらせられるアデル様が漸く婿をとられるとあって、それはもう皆様沸き立っておいでですのよ? 耳が早いだなんて、そんなそんな。 私の周囲も賑やかになったことで、遅れ馳せながら耳に致しまして。 なにもご用意できないままにも関わらず、どうしても一言直接お祝い申し上げたくてこうして出てきてしまいましたの」
「「──!!」」
ガブリエラは激おこであった。
持って回った貴族的な言い回しをわかりやすく崩して要約すると──
『貴様が急に婿をとるせいで、その影響でこっちにまで要らん縁談話やらが持ち上がって周囲がうるせぇんだが、これをどうしてくれるんだ? 大体にして言うのが遅いんじゃボケェェ!!』……と、文句を言いたくてやってきた
──である。
「すすッすまない! 本当に急な話だったもんで!!」
「あら……謝ることではありませんわ? おめでたい話ではございませんか」
彼女は扇を閉じながらにこやかに微笑んでそう宣うと、悲しげに瞼を伏せ、弱々しく身体をしならせる。
「ですが……私には先にお知らせくださると思ってましたの……ふふ、分不相応にも友人気取りでお恥ずかしいですわ……」
「なにを言っている! 友人だろう?!」
「うふふふ……お優しいですものね、アデレード様は」
「アデルって呼んでよぉぉぉ!!」
──そんな遣り取りの末、釣られたのはアデレードの方であった。
『使えるものは親でも使え!』が辺境伯領の掟。
しかしそれは、生存確率を上げる為の手段のひとつに過ぎず、その手段は辺境伯領の専売特許ではない。
相手もまたそうであった場合、より狡猾な方が使う側に回るのは、至極当然の結果なのである。




