リア充は自ら爆ぜる。
先の件の黒幕をダニエルが調べることは無かったが、翌日のアデレードの案内により、大体の察しはついた。
おそらく、辺境の流通を担うレフ・ケイジ子爵。
彼には優秀な独身の愛息子、スチュアートがいる。
スチュアートとアデレードの仲は良く、彼は長身で見目も麗しいとのこと。
ただし本人は隣国に留学している。
息子を婿に、とユーストに打診していたが、魔道具の研究がいいところまで進んだスチュアートは留学を延期、その間にダニエルとの婚姻話が進んでしまったようである。
いい加減な噂もあるにはあるが、少なくともアデレードにとってスチュアートは特別な相手ではない様子。
スチュアートも隣国から戻らないあたり。
おそらく親心の暴走だろうと思われる。
(恋だけでなく、過分な愛情も判断をおかしくさせるんだな……)
ダニエルはなんとなく、子爵に同情した。
目的を持つことは時として我を通すこと。その為に動くことはいいとして、手順が杜撰なのはあまり宜しくない。誰もが納得はしないにせよ、そうなるよう努力はすべき──
ダニエルは王宮で培った貴族的言い回しで、タイミングを測り別の話に乗っかってそんなようなことを伝えるに留めたが、それから嫌がらせはとりあえずない。
他の者達も、ふたりが想像以上に仲睦まじい様子から恭順な姿勢を見せる者も少なくなかった。ダニエルの武器である愛嬌と人畜無害面、空気を読んだ卒の無い立ち回りも一役買っているようである。
それから暫くの間、概ね順調にアデレードとキースと交流を重ねつつ、ダニエルは街側と城壁を行き来していた。
概ね順調──あくまでも表向きは、の話。
「やあヨルブラント君」
「ダニエル様」
初対面の印象通り、ヨルブラントとはすぐに仲良くなれた。
今ダニエルは、差し障りのない範囲で彼を手伝いながら辺境のあれこれを教わっており、ヨルブラントも文官だったダニエルのおかげで仕事が捗ると喜んでいる。
すっかり仲が良くなったダニエルと弟。
だが肝心の姉との距離はいまひとつ近付かない。
仲睦まじく見られてる通り、傍目からは初々しいだけだが、当の本人達は焦っていた。
「今日は城壁では?」
「うん、ちょっと……ところでキース君見なかった?」
しかも、ダニエルは先程少しキースとも揉めてしまっていた。
ヨルブラントの言う通り今日は城壁に向かったのだが、それ故に途中で戻ってきたのである。
──少し前、城壁に向かう途中。
ダニエルが馬と乗馬が好きだと判明してから、城壁まで馬で行くのが常となっていた。
キースがいるので、クリフォード、ヘクター、ネイサンでの持ち回り二人体制警備。ただ、ネイサンは休みでも行先が城壁だと何故か着いてくるので、総勢五人の時もある。
アデレードも『キース』の際はダニエルに緊張しないようで、相変わらず仲の良い様子で会話に花を咲かせている。
警備のふたりも気を利かせ、やや離れた位置にて先導と殿を務める。
「キース君、実は……お願いがあるんだ」
「私にできることなら、なんでも遠慮なく言ってよ!」
それまでは今まで通り……いや、もっと親しくなったとすら感じていたキースとの関係に翳りが生じたきっかけは、ダニエルのこの一言であった。
「強くなりたいんだ。 せめて、自分の身は自分で守れるくらい。 武術や剣術、或いは身体を鍛える方法からでも構わない。 僕に教えて欲しい」
あの夜から一応は学園在学中に受けた授業レベルのことと、筋トレを始めた真面目なダニエルだが、鏡の前で自身のひ弱さにガッカリするばかり。
勿論筋肉や武闘技術は一朝一夕で身に付くものではないにせよ、方法もあまりよくない気がした。
多少キツくても軍レベルの鍛錬を重ねれば、婚姻までに多少は──と考え、キースに相談したのである。
「ええ……? いや、ダニー。 それは正直お勧めできないな」
それでも「どうして?」と尋ねるダニエルに、キースはハッキリ現実を突き付けた。
「自分を守ると言うなら、強くなるより逃げることに特化してくれた方が無駄がない。 今更付け焼き刃程度に鍛えてどうするのさ。 大体、そんな時間もないだろ?」
ダニエルの運動能力やセンス自体は悪くないが、小柄な上に軟弱。
今更ちょっと鍛えたところで軍人や騎士より強くなどなれず、真っ向から立ち向かった場合おそらくこっぴどくやられるだけである。
第一、彼に求められているのはそこではない。
護衛なら沢山おり、希望とあれば複数人付けることも可能なのだ。
「逆にどうしてそんなこと言うの? 君らしくもない」
「……」
「……ダニー?」
キースの言うことはもっともで。如何に自分が恋愛に毒されたかを理解せざるを得ない。
それでも消えない、強い気持ちがある。
だからこそ恋愛は尊いのだと知った。
(わかって欲しい、というのは甘えかもしれない……)
諌めてくれるのが前提なので、甘えとしか言いようがない。
だが、キースはもう気の置けない相手だ。
今も忌憚のない意見を言ってくれた彼に、素直な気持ちを吐露してみることにした。
「その、アデレード様に……少しでも相応しくなりたいから……!」
「……!」
なので、ダニエルはやや照れながらも強い決意を瞳に湛えてこう宣った。
御本人を目の前に。
当然、アデレードは狼狽した。
「そ、そんなの必要ないだろ!」
「必要あるよ! 君はずっと近くにいるからあの方の魅力がわからなくなっているんだ!」
「ふぐっ?!」
そして『大変魅力的です』(※逆に言った結果)とのお墨付きを頂き、更に
「そりゃ……キース君ぐらいカッコよくて強ければ、アデレード様と並んでも遜色ないのかもしれないけれど……」
「ななっ何を言ってん……」
『男装も素敵でお強いです』(※事実を知った仮定での変換系)と上乗せされた挙句、
「それでも僕は……立場上の『婿』としてだけでなく……」
熱烈な愛の言葉を囁かれそう(※あくまでも推測)になったアデレードはその瞬間、
「わぁあああああぁぁぁぁ!!!!!」
「あっキース君!?」
キャパシティが限界に達した。
恥ずかしいやら嬉しいやらで居た堪れなくなったキースは奇声を発し、その場から逃げ出したのである。
折角の真実の告白チャンスを不意にし、逃亡──『リア充、ばくはつしろ』という言葉があるが、これぞまさにリア充が自ら爆ぜたかたちと言えるかもしれない。




