辺境伯閣下は、ガチマッチョ筋肉超人親父風か?
いいお天気が続く、辺境伯領までの道中。
それなりに長旅。
解放感に包まれたダニエルは、心地好い気候に癒されていたが……
(……不安になってきた)
再び襲い掛かる不安の波。
自ら立てたフラグっぽいのが良くなかった。
『アマゾネス』だったら逆にいい。
しがない伯爵家の三男で、王女殿下に婚約破棄された自分にも価値が生まれるからだ。
(だがもし『妖精』の方である場合、お父上である屈強な辺境伯様が溺愛の末、領地から出さなかった可能性が高いのではないだろうか……)
年齢がそれなりにいっているのも、辺境伯閣下が数多の求婚者を薙ぎ倒し『この儂に勝てる者しかアデレードの婿とは認めんッ!』とかやっていた末……なんて想像をしてしまう。
考えてみれば、彼女が『アマゾネス』だった場合でもその可能性はある。自分の娘は可愛く見える、溺愛していないとは限らないのだ。
(溺愛の場合、当然ながら今回の王命には歯噛みしておられるに違いない)
もし屈強な辺境伯閣下がお怒りならば、か弱い文官もどきで、土属性魔法しか使えないダニエルなんざワンパン即死である。
か弱いダニエルは魔力量も少ない。
彼が使える土属性魔法──それは最高で自分の肉体程度の穴を即座に掘れるレベル。
それを使ってワンパン防いだところで、魔力は尽きてヘロヘロ。なんなら『自ら墓穴を掘るとは手間が省けた!』とか言われてそのまま埋められかねない。
王都を発って早四日。
いよいよ辺境伯領に突入するので、流石にもう先頭の馬車に乗っていたのだが、領門ですぐに降りることとなった。
領門では荷の積み替えと諸々の手続きが行われる。王家の馬車はここで帰り、荷も検査をしながら全て移される。
そこでお迎えの馬車に乗り換え、まずダニエルだけ先に、辺境伯邸へ向かうようだ。
山程荷を積んだ幌馬車から、最低限の彼の荷だけが馬車に移された。警備の領騎士達がふたり、馬で付き従う。
馬車が替わろうと特に何が変わるわけでもなく、領門を抜けた先の実った麦の穂が金色に輝く中を、あくまでも長閑に進む。
長年に渡る努力の末、麦だけでなくこの地に向いた作物を上手く根付かせているカルヴァート領は、とても豊かである。
寒冷地だからこその大きな氷室を使い、備蓄も充分。
北の辺境に位置するカルヴァート領だが、大昔はひとつの小国だった。元々は狩猟民族で、魔獣を狩って暮らしていた。今も護るのは他国からでなく魔獣から。
当時からそのお陰で魔獣の被害を受けずに済んでいた、このエスメラルダ王国。
何代目かの王は彼等を『北の森の守護者』と呼んで讃え、その感謝の意から友好の証として農耕の技術と作物の苗を与えたという。
政治にあまり興味のない『北の森の守護者』は、農耕により人が増えたことで我が国に属することを望んだそうだ。
(つまりアデレード様は、世が世ならお姫様)
麦畑の向こうに見える街が思いの外都会的なのも含め、加速する不安に動悸が凄い。
ついでに胃が痛い。
華やかな最初の街を抜け、周囲はまた長閑な空気。
三時間程の移動で畑といくつかの小さな街を超え、少し高台に位置する田舎町の教会で、休憩の為に馬車が止まった。
御者によると、辺境伯家の墓がある場所らしい。
(……な、長かった……)
既にダニエルはぐったりしていた。
ゆっくりな上に傾斜が多くて、不安とは関係なく普通に疲れたのである。
ダニエルは見た目通りの、軟弱な都会っ子なのだ。
「大丈夫かい?」
馬車を降りようとした彼は、その言葉に俯き気味になっていた顔を上げる。
目の前にいたのは、美しい黒髪をひとつに纏めた、怜悧な顔立ちの物凄い美少年。
ここにシエルローズがいたら、『きっと彼が私の王子様だわ!』と目をハートにしていたに違いない。
(辺境伯閣下のご子息に似ている…… 近いご親族かな?)
だがそれより大分少年か。背もまだ小柄なダニエルと同じか、少し高いくらい。
所作は洗練されている。
近いご親族ならば充分高い身分。きっと彼は、実質ここの王子様なのだろう。
「私はキース。 君の案内を仰せつかっている」
「ダニエル・ブラックです。 お世話になります」
「それより顔色が悪いようだが……」
「いや、お恥ずかしい。 ちょっと緊張してしまいまして……」
「はは! そんな緊張する程、ここは大したところではないよ!」
快活に笑いながら、キースと名乗った少年はダニエルの背中をバンバン叩く。
このノリと力強さ。
これから身長も伸びそうな美少年のくせに、ローズの恋人と違って脳筋臭が凄い。
(正直やめて欲しい……)
そう思うのは背中が痛いからではない。
(遠目からしか見たことがない辺境伯閣下が、余計に僕の中でガチマッチョ筋肉超人親父風になっていくではないか!)
もう既にダニエルの中での閣下は、デコピンで脳ミソがバーン!ってなりそうな感じ。
「……ううッ!」
「なんか大丈夫ではなさそうだけど!?」
迂闊にも自分の『脳ミソバーン!』を想像してしまったダニエルは、ギューンとなった胃とバクバクする胸のあたりを両手で押さえた。
「落ち着け僕……! 閣下は3メートルを超す大男じゃなかったはずだ」
「3メートルは流石にないな!」
「ウワー声に出してた!? ここここのことは内密に……ッ」
「……別に言わないけどさ。 まあ茶でも飲んで一息入れたまえよ」
案内人の美少年・キースは面白い生き物を見るような感じでそう言うと、案内を開始したらしく、歩き出して手招きした。