クライマックスはやっぱりヒーロー登場で。(尚、幕引きは杜撰)
「…………ペッ」
──コン。
勿論、ダニエルは媚薬を分離しすぐ吐き出した。
アルコールがそうであるように、液体内の成分分離である為、飲んだのはほぼ水。
出した固形物は精度の高い媚薬の塊だ。
「回収しときますね」
「うん」
さっさと拘束を解いたネイサンは、まずダニエルが吐き出した媚薬をハンカチで包んで回収してから、ダニエルの拘束も解く。
「……これはちょっとグレーだなぁ。 それともこっちの人は貞操観念低い?」
「そんなことないですよ。 本気でおふたりの仲を壊そうとしているのかもしれません、アデレード様はああ見えて人気があるので」
「……ああ見えて? 普通に人気はありそうだけど。 もしかしていつも仮面なの?」
「ゲフンゲフン、失言でした。 ちょっとお転婆と言いますか……さて、これからどうしましょう?」
ふたりは隙を見てこっそり荷馬車から脱出することにした。
幸い馬車はゆっくり。
拘束し媚薬を飲ませてある上、ふたりの見た目から油断している輩(風の騎士)はスッカリ安心しきっている様子だ。
「庇うつもりだったけど、婿入り直前で娼館に行ったとかなるとちょっと不味いもんなぁ……どこぞに放置とかなら良かったのに」
「お優しいですね~」
「あんまり下の人達ばかりが責任を負うのもね……でも仕方ないか、なんか向こうも楽しそうだったし」
「なかなか悪役ムーブしてましたよね」
「あれもどうかと思うけど、君のも大概だ。 ちょっとふざけすぎだよ、いつバレるかとヒヤヒヤしたじゃない」
「なにを仰る、笑っていたではありませんか」
ふたりは他愛ない話をしつつ、慎重に様子を窺うことも忘れない。
悟られにくく逃げやすい位置の指示をネイサンに任せ、ダニエルは体勢を整える。
「このままお戻りになると、すぐ動かれる可能性が高く面倒かもしれません。 今夜はヘクターの家にでも……」
──しかし、突如ガタンッと大きく揺れ、急停車する馬車。
ダニエルは声を潜めた。
「まさかバレた?」
「いや、どうも様子が……おや、アレは」
荷馬車奥から顔を出したネイサンが見たものは──
「あー楽な仕事だった! しかもこのあとご褒美タイムとか、最高かよ」
ネイサンが顔を出す、ほんの少し前のこと。
御者台近くではローブを深く被った輩風の男達が、浮かれていた。
ダニエルの想像通り、勿論彼等は騎士である。
幌馬車の御者役と、幌馬車の横で併走する警備役が二名の、計三名。──彼等は黒幕から『特別手当』を頂いている。
ダニエル達の天国体験中、貰った特別手当を使い、同じ場所で時間を潰す予定の彼等。
予定通りなら、まさにご褒美タイムだ。
そう……予定通りならば。
「いつもこんなならいいんだがな」
「しかしお前、意外と役者で笑うわ~。ノリよすぎ」
「ふっ、俺はどんな仕事でも真面目なのだ!」
「おい、お前ら流石に声がデカ……」
──シュッ!
夜の闇の中、なにもかもを切るように放たれた一閃。
ドンッ
「ひっ?!」
それは御者役の男の顔の横──後ろの開口部を入口とすると、幌馬車の奥壁部分に当たるところに突き刺さった。
「どうっ! どうどう!!」
「どうした?!」
手元が狂ったことと御者役の狼狽から馬の足並みが崩れる。御者役は慌てて馬車を停止させ、その様子から警備役のふたりにも緊張が走る。
「鉄扇……だと!?」
鉄扇は美しい幾何学模様の彫り……しかし、そこにはある文字が隠されているのだ。
それは──『JUSTICE』!!
「これは……」
「ふっ」
「──何奴ッ?!」
暗がりの中、いつの間にか馬車正面にと立ち塞がる馬上の人影。
「おのれ! 邪魔だてする気か!!」
「コイツを捕縛しろ!」
影は馬から降りるとすっくと凛々しい立ち姿で、圧の含まれた声を発する。
「誰に口を聞いている」
「なにいッ?!」
そして自らの古いローブに手を掛けると、おもむろにそれを投げ捨てた。バサッと羽音のような音を立ててローブが宙を舞う。
そこにいたのは──
「妾の顔を見忘れたか」
「「!」」
「アデレード様ッ!?」
勿論我らが辺境の姫君、アデレードお嬢様。
まるでそれは、世に蔓延る悪を粛清するどこぞの暴れん坊な将軍が如し。(※尚、ルビは意訳である)
そうは言っても、彼女は辺境の姫君。
暴れん坊な将軍ではないので『ええい! かくなる上はお命頂戴致す!!』や、『こやつは上様を謀った偽者である!! 皆の者、であえぇぇ!!』などといった展開にはならない。
なので当然ながら、『一応みねうち』という名の粛清もない。
代わりに待っているのは尋問であった。
「んん? 貴様ら、結構な格好をしているではないか……そんな格好でこんな時間に、どこへお出掛けかな?」
馬用の鞭を手元でピシピシと鳴らす姿は、暴れん坊な将軍(※意訳)と言うよりも、危険な将軍(※直訳)といった威圧感。
ガムシャラに駆け出したかに見えたアデレードだったが、そこは幾度も戦闘経験のある武に長けた猛者。
恋愛はポンコツだが、追尾はお手のもの。その動きに無駄はない。
まず馬車を確認した上で、ダニエルとネイサンの馬車での行先まで向かい、そこから大体の場所に目星を付けて動きながら聞き込みの末、目的地を特定。目的地だった御者の家を経由し、ここまで辿り着くのにそう時間は掛からなかった。
流石は未来の危険な将軍といったところ。
「あ~、どうします? 若旦那様」
ダニエル達の目論見としては、立場的にあまり騎士達と揉めたくはない。なるべく穏便に済ませたいというのに、これでは穏便に済むどころじゃないのは確か。
しかし、
「──」
「……若旦那様?」
「あっ、ああうん」
ダニエルは何故か惚けていた。
(……もしかして、『キース』と気付かれたか?)
それならそれで構わないことではある。
いずれにせよダニエルが惚けていたのはほんの僅かな時間だけ。
そこからのダニエルは冷静で。さっさと馬車を降り、ネイサンを連れてシレっと偶然を装ってアデレードの前に出た。
驚いたのはアデレードだけでなく輩風の騎士達も。
だが、ダニエルが『偶然』を強調したことでまずアデレードが察し、アデレードがアッサリ解放したことで騎士達もようやく色々と察したようである。
こうして突如勃発した『ダニエル誘拐未遂事件(仮)』は茶番劇からの唐突なヒーロー登場を経て、一応は収束した。
【どうでもいいアバショー解説】
アバショー(略称)に於いて、上様は粛清しない。
あくまでもあれは『みねうち』なのである。
ネットでは『アレ、どのみち肋骨とか折れて死ぬからね?』みたいな解説がされていたりするが、兎にも角にも『みねうち』なのである。
粛清されるのは黒幕のみだが、その粛清は大体の場合、影の忍者ふたりが行う。
『正義』と書かれた扇は出ないこともしばしば。
ちなみに鉄扇ではない。
黒幕は大体逆ギレするが、ひたすら平身低頭した後で上様が『潔く腹を斬れィッ!!』と申し付けてから逆ギレするパターンも存在する。
稀に上様御自ら粛清を行うことがあるが、砂臥の記憶の範疇では1回だけ。
上様ガチギレな超レア回は一見の価値アリだ!




