恋する乙女は暴走しがち。
──一方。
私室で主の決意を聞いたフェリスは呆れた顔をしていた。
「お気持ちはわかりましたが、余計にアデレード様としての交流を増やし、『キース』様を減らした方がよろしいのでは? アデレード様の素は『キース』様なのですから、若旦那様が慣れさえすれば──」
「……それが難しいから言っている。 なんていうか、いつもの自分になれない。 エスコートとかされると照れてしまうし……自然に見せようとすると、アレになってしまうんだ!」
キースとしてダニエルの腕を引っ張ることに気恥しさはないのに、アデレードとしてエスコートを受けるのは、もう想像しただけで恥ずかしいという謎。
それは兎も角、既にアデレードがダニエルに真実を隠したい理由は、若干の変化を見せている。
『恥ずかしい』だけでアデレードでの交流も、『バレなければ』の前提はあれど顔を見せること自体も、問題としていない。
尊大姫キャラはアデレードの足を引っ張りつつも、同時に助けてもくれている様子。
キースとして過ごした時間の好感度は、アデレードの恋心の成長に大きく貢献しているようである。
現にこの相談も『自分を知ってほしいのに、上手くいかない』というベタな恋のお悩みだ。
しかもその最中に来た『明日のお誘い』を含んだダニエルからの手紙を見ては照れて閉じ、ソワソワしてはまた見て……というのを繰り返している。
いいからさっさと返事を書け、と思いつつも、なかなか微笑ましい。
(やるわね……若旦那様……)
多少呆れはしても、こうなるとフェリスももう『キース』としての交流にも反対はできなかった。
だが、明日は難しい方の『アデレード』としてである。
「今日は失態だらけだった。 明日は上手く立ち回れるよう入念に準備しておきたい」
明日の為に、今回は入念に無理なく回れるルートや休憩場所を決める。アデレードは衝動性が強いだけであり、実は結構優秀なのでこれはすぐ終わった。
次に服や髪型、化粧など、明日の装いについて。
恋する乙女であるアデレードと、それをサポートする気満々のフェリスにとって、こちらがメイン。
他のメイド達も呼び、部屋では『服を決める』という名目のアデレードの着せ替えが今も繰り広げられている。最早目的が『明日の服選び』ではなくなっているが、それはそれ。
──そして着せ替えは一旦完成した。
『キース』に近い気負わなさと、辺境の姫君を併せ持った『アデレード普段着スタイル』が。
「素敵ですわ! お嬢様!!」
長い足にフィットした細身のパンツに柔らかなブラウスとリボン。白地に花の刺繍をあしらったロングコートは『キース』の時とは違う女性らしいデザインとライン。
髪は後ろ髪が前髪となるようにボブのようなアップにし、カチューシャで纏めている。所々美しく編まれており、華やかで崩れにくい上、前髪で印象は大きく変わる筈だ。
化粧は仮面を外しても『似てる』くらいでバレないようにバッチリ。尚且つ自然で、女性らしい凛々しさが出るように。
「お嬢様、パーフェクトです!」
「そ、そうかな……ふふ」
いつもなら『そうであろう!』と返すアデレードがモジモジしながらはにかむと、『アデレード大好き♡』なメイド達はギャップ萌えに湧き上がりご乱心。
「ぐうっ!? 」
「どうしたシェリー!?」
「それは反則ですわ……!」
「キャロライナ! 鼻血が!」
「我が人生に……一片の悔いなし……」
「クローネぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
クローネなど悶え過ぎて失神し、冥土に逝くのでは、という程。メイドだけに。
「どうしちゃったの?!」
「ふふ、これならば若旦那様などイチコロですわね!」
「っていうか大丈夫なの?!」
フェリスは満足気にサムズアップした後で、おもむろに指さした先は、時計。
──時刻はまだ夜の9時。
「このまま服を脱ぎ湯を浴むなど、勿体ない!」
「ええ!?」
曰く、『まず明日の練習として、今夜散歩にでも誘え』とのこと。
「夜の庭園なんてムーディで宜しいかと」
「イキナリ夜は敷居が高いよ!」
「いえいえそんなことはございません……まだ明日のお返事も書いておりませんから、ついでだと思えば」
「ついで……いや、でもぉ~」
こうなることを見越して、敢えて返事を書かせなかった狡猾なフェリス。
揺れている様子のアデレードに更に畳み掛ける。
「それに、そろそろ小腹も空いてきたのではありませんか?」
「……ん?」
城壁での歓迎会は飲食の量が多く、時間が長くなると予測していたアデレードは、予め自分とダニエルの分の夕餉をキャンセルしている。
腹が空いた、という程ではないが、流石にこの時間になると小腹は空いてきた。
「お夜食を理由に誘えば自然ですし、気が利いてますわ」
「な……なるほど?」
(『気が利いている』……)
ただでさえみっともなく余裕のないところを見せてしまっている。歳上女性の面子も含め『気の利く女』であるところを見せたい……というのはある。
「うう……しかし……」
また緊張してしまうのでは、と思うと躊躇してしまう。そんなアデレードの気持ちをバッチリ読んでいたフェリスはニコリと笑った。
「お顔が見えづらいので、緊張もしにくいかと」
「……た、確かに!!」
「では、お誘いに参りましょう」
そう言ってフェリスはアデレードの腕を引く。
「やややっぱり直接じゃなきゃダメ?!」
「皆は中庭に面したバルコニーにお夜食の準備を! ロマンチックにね!」
「「「はっ!」」」
「なんか決まってるゥ!?」
モジモジしながらダニエルの私室へと足を運ぶ。
夫婦の寝室を挟んで隣なのですぐ着くというのに、やたらと時間が掛かるモジモジっぷりである。
「お嬢様……?」
「ブロス……」
扉の前でまだモジモジしていたアデレードを見て、たまたま通りかかった警備兵であるブロスが心配そうに近付いた。
「その……おトイレなら我慢しない方が」
「私は子供かー!!」
「ひぇっ?!」
よかれと思って声を掛けた、優しさはあるがデリカシーはない残念脳筋ブロス。
その胸ぐらを掴むと、何故か『今なら行ける!』という気になったアデレードは勢いを利用してダニエルの私室に凸った。
半ばヤケである。
「いいい行くぞ!」
「あっお嬢様、ブロス卿はお放しください!」
──ドンドン!
ブロスを掴んだまま、勢いが横滑りしたアデレードのノックは非常に攻撃的だったが
──シーン……
中から反応はない。
代わりにいつの間にかやってきたレオニールが言う。
「コホン……お嬢様、若旦那様は少しお出掛けになると」
「……そういうことは早く言ってくれ!」
「ぐえっ」
「お嬢様、そろそろブロス卿をお放しに」
「おっとこいつぁウッカリ……レオ、それはいつ頃の話だ?」
「2時間……いや、3時間近く前でしょうか」
「……それは『少し』か? どこへ?」
「お嬢様、詮索はしない方が」
ブロスは、アデレードをやんわり窘める。
「男は色々ありますから」
しかし、心は優しいが空気は読めない残念脳筋のブロス……それは明らかに余計な一言であった。
「色々……だと? ──はっ!」
(そういえば……昼間軍人達によからぬ誘いを受けていたな……)
酔っ払った軍人達は、婚約者がすぐ側にいるのも忘れ、気に入った若旦那を歓迎すべく『夜の歓迎会』を持ち掛けていた。
勿論、女の子のいるお店である。
苦笑しつつ断っていたダニエルに安堵していたのだが、よもやここにきて不安が再燃することになろうとは。
「お嬢様お嬢様、ネイサン殿も一緒です」
「ネ……ッネイサンも!?」
ネイサンが妻一筋なのは知っているハズ──そう思いレオニールが言った一言は、既にブロスの一言の破壊力に飲まれていた。
そう、恋に落ちたばかりの乙女(23)は不安定な思春期真っ盛りなのである。
「フェリス! これは由々しき事態だ!」
「ええ?!」
「心配するな、私に任せておけ!!」
「あっちょっとお嬢様ー!?!?」
アデレードはそう言い残し走り出した。
【どうでもいい裏話】
ブロスを再び出す予定は全くありませんでした。
ついでにメイド三人の名前も付ける気はなかった。




