これからのことを、前向きに。
三章はここで終わりです。
ご高覧ありがとうございます!
キースは勢いよくダニエルの腕を引っ張り、ずんずん進む。だが少しばかり行ったところで腕を緩め、悪戯っ子のような顔で「へへっ」と笑いながら振り返り止まった。
「さぁどこから紹介しようかなぁ~」
「ええ? ……さては堅苦しい挨拶に時間を取られたくなかっただけなんじゃ」
ふざけた感じで「まあ、それもあるよね」などと宣い、再びゆっくりと歩き出したキースに『どうやって注意するか』を真剣に考え出したダニエルだったが。
「実際、城壁自体はかなり長くてさ。 どんなに急いでもお昼までにはちょっと紹介しきれないんだ……ごめん、あまりそのへんを考えないで歓迎会を計画しちゃったもんで」
どうやら彼なりに自分のことを考えてくれての行動のようだ。
まだ子供だからこそ、やるべきことはちゃんと大人が注意してあげなければ……と思いつつ。
(参った……これじゃ注意できないな)
歓迎会の企画の為にわざわざ先に行ってくれていたことも含め、とてもじゃないができそうにない。
それどころか、嬉しさについ頬が緩んでしまう。
「そうだなぁ……効率を考えると、今日は興味のあるとこだけ先に行こう。本邸の方で地図を見せるよ」
「本邸? 戻るの?」
「ふふ、言ったろ? 私……や、アデレード様にとってはこっちが本邸さ!」
そう言うとキースはこの城壁の構造を軽く説明しながら進む。
目指した先にある本邸は、入口の邸宅風の部分の規模をより大きくしたような感じだった。
ランドルフのいた総司令室のあるあの場所は『中央』と呼ばれており、実際に城壁の中央でもある。
そこから基本的には一本の城壁によって繋がっているが、場所によりショートカットの為に通路用の城壁があるそうだ。
本邸は主となる城壁とそこに繋がる二本の城壁の奥、台形の上辺にあたる部分に建っており、城壁で囲われた敷地内では軍の演習等を行っている様子。当然それなりに広い。
今日はここで歓迎会をするようで、中央側の城壁倉庫からテーブル等を出しているのが見える。
──昼食を兼ねた歓迎会は、賑やかな外での酒宴だった。
立食形式とは名ばかりの、いい言い方をすれば野趣溢れる感じ。粗雑に置かれたテーブルに並べられた料理は飾り気がなく、なんなら鍋そのものが置かれていたりと兎に角豪快。酒は樽から直接と、やっぱり豪快。
そこは殆どが男ばかりの軍人宴会なので仕方ないが、味は結構美味しい。
勧められるのを上手く誤魔化しつつ躱すのに難儀はしたが、ダニエルは階級関係なく様々な軍人達と楽しく交流を深めることができ、素晴らしい時間を過ごせたと言っていいだろう。
しかし、
「うう……面目ない……」
「そんなに気にしなくていいって、充分勉強になったよ」
「う~……」
キースはへこたれていた。
それくらい本来の目的であった筈の案内は大失敗だった。
城壁の規模は当初ダニエルが考えていたよりも、更に大きかった。
地図は一枚では終わらず、全体像の大きな地図と各所にわけた地図が数枚。細部説明用のモノを含めると数十枚に及ぶ。
子供の頃からあちらこちらを行き来していたアデレードことキースは、自分の認識の甘さに焦る始末。
結局全体図を広げ、いくつか説明するだけで終わってしまったのである。
「まだシーグリッドや他の竜騎士達の紹介すらしてないのに~」
「また出来ればお願いしてもいいかな? 君の都合さえよければ」
「勿論! じゃあ明日にでも! ここにも君の部屋はあるだろう? 当面こっちで過ごすのはどうだい?」
「はは、ありがとう」
嬉しそうに言うキースにダニエルは少し苦笑した。
いくら歓迎してくれていても、軍側だけに傾倒する訳にはいかない。むしろ、街側──特に騎士団と上手くやるのは重要だ。
歓迎されてないなら、尚更。
(……やれやれ。 無邪気だなぁ)
そう思いながらも、悪い気はしない。
それどころか、この笑顔にどれだけ救われているかわからなかった。彼がいなければ今だってきっと馬車のことを思い出し、憂鬱になっていただろう。
「でも戻るよ。 折角だけど、一日置きだととても嬉しい……街の方の重要部も把握しときたいし、アデレード様はまだあちらのご様子だから」
(アデレード様との交流もできるといいのだけど……手紙で打診してみようかな)
『婿』として生きる方向で舵をきったものの、婚姻までに時間はあまりない。
ここにきて突き付けられた課題の多さに眩暈がしそうになっていたダニエルだが、キースのおかげで少しまた前向きになれていた。
一方のキースことアデレード
反省もそこそこに、もう頭は明日について。
(むむ……明日はアデレードとして街に出るべきか)
流石に街の人達にまで口止めは無理だ。
『キース』で行くわけにはいかない。
(濃いめの化粧で目深に帽子を被ればいいだろう。 顔の印象は髪型に左右される、いっそ帽子より、潔く顔を出してしまった方がいいかもしれん)
一回アデレードとして会ったことで、大分抵抗感は薄れている。
しかしそれとは逆に、まだ言うつもりはないどころか、婚姻ギリギリまで隠し通す決意を固めていた。
(この婚約期間中に、もっと仲良くなっておかねば……)
ダニエルの為人はもうそれなりにわかったつもりだが、だからこそ。
紳士なダニエルは、自分が『女性』とわかったら、今のように接してはくれない気がする……アデレードはせめてもう少し、『少年』としても仲を深める必要性を感じていた。




