狸と狐と、『おもしれー男』。
「アデレード様同様に『潜在魔力保持者』なのですか?」
魔力には『顕在』と『潜在』の二種類あると言われている。
例えば先の対ロックバード時のダニエルのように、意識して魔法を使用することのできる力が『顕在魔力』。一般的に魔力とはこれを指し、貴族は5歳の洗礼の際に量を測定する。
『潜在魔力』とは意識外の力。
アデレードは全身の身体機能特化であるが、視力や聴力、または体力など、部分的に特化する場合もある。
しかし大抵は日常の肉体機能に隠れる程度のものであり、自覚することもない。
そのため対外的に見ても特出した身体機能を持つような人間でない限り、その量を測定することはない。
「察しのいいのはこれだから。 もう少し老人の蘊蓄にも付き合え」
「勿体ぶらないでください……あの時、彼の潜在魔力量を測ったんですね?」
「ふふふ」
どちらも目に見えてかたちをもつものではないが、留まる魔力と言われている顕在魔力と、動く魔力と言われている潜在魔力では測定方法が違う。
留まる魔力である顕在魔力はひとつに固まる性質を持ち、魔法はそれを感じて放出する作業。
ちなみに外部の魔素との繋がりやすさや、性質を変化させる資質をこの国では『属性』と定義している。
動く魔力である潜在魔力に属性はなく、体内を循環する。
それだけに測定は、技術を持つ測定者が相手に自身の魔力を微量に流し、押し戻される感覚で量を測定し、総量を計算するというもの。その感覚が強い程量が多いが、感覚であるため数値化が難しいのが測定しない理由のひとつでもある。
「ダニエル殿の潜在魔力量はかなり多いぞ。 しかし、彼の運動能力や体力、身体機能が突出していいとは資料にない。 アデレード様のように身体機能特化ではないなら、君はなにに使われていると思う?」
「まさか……『魅了』、ですか?」
『魅了』──自分に向ける僅かな好意を引き上げる力とされている。
「ああ。 だがその類のモノ、というだけでやや違うように思える。 ここに来た経緯を鑑みてもそれは明らかだ」
「そうですね……」
確かにダニエルの潜在魔力を『魅了』として説明するには弱い。
ランドルフの言うように、それならば婚約破棄などされている筈はないのだ。
そして潜在魔力は無意識下のもの。
魅了に限らず精神操作全般は、この国だけでなく近隣諸国全域で禁じられている。ハニートラップなどで使用されることがあるが、勿論重罪。
それら過去の実例は全て、魔道具を用いて顕在魔力の変換を行ったものである。
留まる魔力である顕在魔力の操作が感じ取り放出する作業であるように、云わば魔力操作とは『動かす』こと。
最初から動いている潜在魔力を、意識的に操作した、という例は聞いたことがない。
「操作できずとも状態的には、常に発動しているとも言える。 それによる某かの効果があるのではないか、と儂は考えている。 だが、」
「──弱い」
「うむ」
ダニエルの場合、もし魅了だとしても精々、『皆に好かれ易いタイプになる』レベルで片付けられる話だろう。
ただ、それにしてもやはり弱すぎる。
「妻の話を聞くに、実際に対面すると印象が良くなる、というわけでもないようです」
なにしろフェリスの初対面時の印象は、『こんな冴えない男性、アデレード様と釣り合わないわ~』である。
印象が良くなったのはその後のダニエル自身の言動からであり、潜在魔力が関係しているとは思えない。
ヘクターにしてもそうだ。
「ただ──ヘクターの愛馬については、無きにしも非ずな気がします。 動物が感化されやすいモノとか……? そういえばクリフォードも思っていたより当たりが弱かったような……」
「成程……クリフォードなら動物みたいなモノだからな」
クリフォードの扱いが酷いのはさておき、本来の彼ならもっと不満げにしていてもおかしくなかった。さりとて、好意的に変化したわけでもない。
ただ、妙に素直に聞き入れていた。
「ネイサン、君は初対面時、彼にどんな印象を?」
「特にこれといって。 見た目は資料通りだ、くらいなもので。 大佐は?」
「昨夜の晩餐を初対面というならば、似たようなモノだろうな。 今日は対面前に、色々と見ておった故」
「やはり馬車のこともご存知でしたか」
「情報は鮮度が命、当然のことよ。 ふむ、解せぬのはクリフォードとヘクターの愛馬か。 …………──ふっ」
「なにか思い付かれましたか?!」
思案顔をしたあと急に笑いを零したランドルフに、おもわずネイサンは立ち上り尋ねる。
ランドルフはゆっくり首を横に振りつつ、含み笑いを続けた。
「いや? だが、儂は久々にワクワクしておる。 君もだなネイサン。 ふふ、君にそんな表情をさせるとは、ダニエル殿はなかなかのモノだ」
「あ、いや……お恥ずかしい」
普段表情を崩さないネイサンは、自身が珍しく興奮していた照れ臭さに後ろ髪を撫で付けながら、座り直す。
「なにか面白いことが起こりそうだ。 『面白いことを独り占めは狡い』……そうだな? ネイサン」
「!」
(最初からこれが目的で勿体ぶっていたのか……私もまだまだだな)
「ふふ、これは一本取られましたね」
どうやら掌の上で転がされていたらしい。
内心で『この狸爺』と毒吐くも、悪い気分ではなかった。




