深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ。
※本日プロローグ一括投稿。二話出してます。
→最終的に5話UPしてます。
すみません。
ダニエルの元婚約者、シエルローズ第一王女殿下。
卑屈で見た目に自信がなかったローズは、元々ロマンス小説が好きな内弁慶。
美しくなり社交性も高くはなったものの、その本質は変わらず……変に拗らせている。
ロマンス小説大好きで夢見がちな彼女だが、相応の潔癖さから、モテ出してからも浮気というほどの浮気は一切していない。
けれど、ちょっとイイ男が自分に気がある素振りを見せるとすぐ『彼が私の王子様なのでは』みたいな妄想が透けて見えるのだ。
そしてその度にダニエルは、彼女の乙女心を満たすべく嫉妬したり傷付いたフリをしながら、『コイツはローズ殿下の王子様となり得るのか』といちいち調べねばならなかった。
その立ち位置は完全に保護者であり、代理彼氏。
ハッキリ言って超絶面倒臭いが、相手は王女殿下。
なんならこれが下っ端文官ダニエル・ブラックの、王宮でのメインの仕事だったと言っても過言ではない。
そんな中で、淡い恋心など維持出来るものか。
幸い、文官になる前からもうすっかり恋心などない。
初恋は思春期とともに置いてきた。
あれは幻想だったのである。
それからは完全に恋愛相手としてというか、異性として見れなくなった。正直もう手のかかる妹ぐらいにしか見えず、今後の将来に不安しか無い。
今回浮気が発覚したとき、状態的には浮気だが本気に違いないと思ったダニエルは、いつものように相手の素性を調べて大歓喜した。
なにぶんローズ殿下も、もう16……時間が無い。
彼は18歳。騎士で、伯爵家次男……素行も悪くない。
「これならイケる! セーフ!
僕の未来は守られたー!!」
心の中でそう叫び、大歓喜したダニエル。
王太子殿下に報告し、彼とどう接触し話をつけようか段取りを組んでいたところなので、婚約破棄自体は渡りに船だったのだが──
(まさか今度は辺境伯家に婿入りすることになろうとは……)
あっという間にダニエルの婿入りが決まった。
ローズの推薦らしい。
『大事なダニーの為だもの! 私に代わる相応しいお相手を!!』
などと宣ってくださったらしいが、ダニエルは多分あの時の返事がお気に召さなかったのだろうと推測している。
(くそっ迂闊だった……! これまでと同様に、嫉妬心とかを出しつつ、涙を飲んで祝っている──みたいに演出しなきゃだったのに、油断した!!)
何故なら彼女はロマンス小説が大好きな、夢見がちな乙女。
ダニエルが婚約破棄時の彼女の涙に諦念を感じこそすれ、今更心が動かされることはなかった理由のひとつも、そこにある。
嘘泣きなどではなく涙をちゃんと出していた彼女だが、あれは演技というより陶酔。
嘘でないにせよ、酔っているが故の涙にどうして心が動こうか。
どうか騎士の彼は気付かぬままでいてほしい、とダニエルは心の底から願って止まない。
友達のいないローズは、散々ダニエルに自分の趣味であるロマンス小説を読ませていた。
だというのに、長年の付き合いから解放感を悟られたらしい彼は、折角の大場面に水を差してしまったようである。
長年の付き合い、恐るべし。
深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ。
しかし今、まるでダニエルこそがロマンス小説のヒロインのようになっているという事実。
ロマンス小説ダイスキーなくせに、そこには気付かないんかい!とちょっと釈然としない。
ローズ殿下、完全に悪役の立ち位置ですけど?!
まあ、今更そうツッコんだところでもうどうしようもないのである。
弟君の王太子殿下には裏で謝罪され、陛下夫妻もガッツリ慰謝料・慰労金を出してくれた。持参金もそこから出ている。
久しぶりに会ったブラック伯爵である父は「大丈夫か?」と聞いてくれたが、所詮は由緒正しいだけの弱小貴族。
「駄目です」と言ったところで謝られるだけに違いないが、ダニエルにしてみれば、正直なところローズに婿入りするよりずっといい。
いいところに婿入りできたし、お金の負担もかけずに済んだ。
なんだかんだ親孝行できたのではないだろうか。
貴族令息というより、どちらかというと令嬢のポジションではあるが。
もう自分のために、こうしてのんびり旅を楽しむくらいさせていただきたい。
そんなわけで、荷馬車の後ろで旅路を満喫している風のダニエル。
勿論ただの現実逃避である。
しかし、なかなか逃避させてもらえない。
逃げようにも寄せては返す、現実への不安とそれによる思考の波。
(この際見た目などアマゾネスでもいい。 アデレード様が良識的な、信頼を育める女性でありますように……ローズ殿下と違って)
この先ロマンス小説のヒロインが如く、婿入り先で虐げられないといいな、などと思いつつ……
「空が青いなぁ……」
なんかちょっとフラグっぽいので、ダニエルは意識を空に向けた。
再びの現実逃避である。