嫌がらせの類には慣れてるんだ。
──昨夜の晩餐後、ダニエルの私室にて。
「こちらが明日のご予定でございます」
昨日と同様に渡された紙に目を通す。
事細かに書かれているものの、初日でもわかる通り、唐突な予定変更も予測されその内容は不確か。
ダニエルは携わる御者や護衛騎士、城壁での挨拶順などが書かれた部分だけはしっかりと頭に叩き込み、あとは流し読んだ。ポイントを押さえていれば問題はない。
なんだかんだ忙しかった王宮文官の仕事。その経験はここでも役に立っている。
「若旦那様。 キース様は明日、先に城壁へ向かわれるそうです。 僭越ながら、そこまでのご案内は私めが」
「あ、そうなんだ……よろしくね」
(突然どうしたのかな?)
『案内する!』と張り切っていたキースからの伝達。特に異論はないが理由が気になる。
「さっそくだけどネイサン、護衛騎士はどういう人達?」
既に手元にある資料には経歴なども細かく書かれている。その上でされた質問に、ネイサンは細い目を更に細める。
(これは、あるな)
それにダニエルも僅かに口角を上げた。
──ネイサンは味方だが、こちらを量っている。
彼の職務を考えれば当然。
自分の裁量でどこまで判断すべきで、どこまでを口にするべきかは主によって変わる。
そして、騎士達もまた。
ダニエルに仕えるネイサンとは違い、職務には直接的に関係はしないが、それだけにもっと扱いは厳しいと見ていい。
騎士や軍人の気質など王都とてそう変わりはない。権力であれ肉体であれ『力を持つ者が強い』彼等にとって、高々文官風情で伯爵家三男など評するに価しないだろう。
職務や階級が明確に別である軍人よりも、騎士は特に不満を抱いていると想定される。
「若手騎士のトップと言っていいでしょう。 軍属ではありませんが、狩りにも出ますし、軍部や城壁にも詳しいです。 辺境伯軍と領騎士団の顔役で、アデレード様が辺境伯とおなりになる際には、重要な役どころを担うことになるかと」
「成程……君は彼等と交流は?」
「ふたりとも幼馴染みです。 ……お茶のお代わりをお持ち致しますか?」
「ああ、君の分も」
「畏まりました」
(キース君がいない城壁までの道中は、僕になにかする絶好のチャンス……)
ネイサンの反応を見るに、なにもないにせよ彼等のことを聞いたのは一先ず正解だ。
なんならアデレードよりも、まずネイサンの信頼を得ることの方がこれからのダニエルにとって重要なのだから。
騎士ふたりはネイサン同様傍系の子息で、最近『北』姓を賜った特別な騎士。
若手随一の体力と剣技を誇るが、やや短慮で気性が荒い方がクリフォード・ノースウェッジ。
騎士にしては線は細いが魔力量が多く、風属性魔法の遣い手がヘクター・ノースブロウ。
ネイサン曰く『穏やかに見えて腹黒い』とのこと。
「ネイサン、閣下のご予定を」
「こちらに」
即座に出したネイサンにダニエルは僅かに嘆息し、尋ねる。
「……やっぱりなにか起こりそう?」
「ふたりの性格を考えると、なにかありそうではあります。 キース様の予定変更理由を探りますか?」
「いや、いい。 信頼を得るチャンスと捉えるよ……試されてるにせよ、恥をかかせたいにせよ、彼等の職務上の問題になりそうことはしないだろう」
「ふふ」
「ん?」
「失礼、王都の方はもっと安穏としておいでかと」
ダニエルは苦笑と安堵の入り交じった笑みを漏らした。
「生憎、嫌がらせの類には慣れてるんだ」
そう、嫌がらせの類には慣れている。
『短慮』だの『苛烈』だの言っても、ダニエルはふたりの騎士も直接関わっているとは考えていなかった。
もし関わっていたなら不手際どころではなく、任を解かれるだけでは済まないだろう。そういう案件であることは暗に示したのに、それにしては素直すぎるし、反応も鈍い。
精々事故時にきちんと対応しなかったことくらいだが、歓迎していないのも試されるのも想定済のこと。
指示をし従ったので、そこは有耶無耶で罰則規定は適用されないだろうし、特にする気もなかった。今の時点で徒に権力を行使するのは、自らの首を締めるだけだ。
なにより彼等はいずれ、アデレードの両腕となる。些事を気にして険悪になるよりも、舐められない程度に寛容であるべきだろう。
清濁はある程度併せ飲むものだ。
クリフォードに向けた最後の指示は、閣下にその理解を示す為。
──誰が指示したかによって、御者が切り捨てられる可能性があると知りながら。
(だめだ、切り替えなきゃ)
自分はここに来て人に恵まれている。
予想外にあんなにも歓迎してくれて──そう思っている筈なのに、いつの間にか切り捨てられた側の気持ちになっていたことに気付いてダニエルは来た側に背を向ける。
なにが正しいかなんて、所詮は立場の違いによる。
これからは嫌でも切り捨てる側に立つ場合が増えるのだろう。
馬車から馬を外していたネイサンとヘクターは、既にそれを終えていた。
「行きましょう、若旦那様」
「うん」
「こちらの馬をお使いください」
「ありがとう」
ダニエルは馬具の装備されたヘクターの馬で、ふたりは馬車の馬を使い、城壁へと向かった。




