翌日の晩餐と謎の違和感、そして誤解。ついでにツンデレ。
翌日の夜こそ、ダニエルが想像していたような晩餐だった。
長過ぎる程に長いテーブルの一番奥がユースト。ダニエルに用意されたのはその手前角。隣にはキース。向かいにアデレード、その横にダニエルと同い年の弟君、ヨルブラント。
そして領の重鎮達がずらり。
見るからに頼りなさそうなダニエルだが、王命であり、なによりユーストとアデレードが歓迎している。
緊張の中問題なく紹介は終わり、アデレードの年齢にも助けられたのか(※ダニエル目線による。本当は性格が一番)概ね好意的に迎えられた。
ヨルブラントは高身長だが細身であり、儚げとも言える。柔和で穏やかな気質の彼とは、なんとなく気が合いそうだ。
──だが。
(おかしいな……)
向かいの席のアデレードは何故か一言も発さない。話を振ると、何故か隣のヨルブラントに耳打ちし、彼経由で返ってくる。
何度目かの経由の遣り取りの末、ヨルブラントが苦笑をダニエルに向けた。
「ダニエル様。 姉は少々恥じらっておりまして……なにぶん辺境の田舎者、御無礼ご容赦ください」
「そうですか。 それは男冥利に尽きます。 お気になさらず」
やっぱり笑顔で卒無く応じるも、拭い切れぬ違和感。
それもその筈、『キース』が隣にいるのでもわかる通り、このアデレードはアデレードに非ず。身丈の近い別人である。
昨夜苦し紛れでつけた仮面がここにきて役に立った。
彼女はヨルブラントの婚約者である、騎士団長の娘で女性騎士、マーゴット。
服はアデレードのもの、髪は色を合わせる為にカツラを着用。
(恥じらい……?)
昨夜も確かに時折恥じらった様子を見せたが、それとはなにか違う。
基本的には尊大であり堂々としていたのに、今は借りてきた猫の様に萎縮して見える。
(だが昨夜の様な姿を皆の前で見せたくないから、とも考えられるか……)
あまり比べるのは良くないだろうが、ローズ殿下もそういうところがあった。
内弁慶だった場合、こういう場では萎縮したり逆に虚勢からわざとらしい振る舞いをしてしまうことはままある。
なのでダニエルはあまり気にしないことにした。
「それよりさぁダニー、明日は城壁に行くんだろう? 私が案内するよ!」
「あっ、ああ。 それは嬉しいな」
「その時相棒もちゃんと紹介する」
「……『シーグリッド』?」
「よく覚えているね?」
(それよりやたらとキース君が話し掛けてくることが気になる……)
ユーストやアデレード(ヨルブラント経由で)との話を遮って話す彼を、誰も咎めないのだ。
なんなら温かく見守られているような気すらする。
(もしかして──彼こそ次代の辺境の要……?)
『影の辺境伯』と言い換えてもいいだろう。
考えてみれば、凛としてはいてもアデレードは嫋やかな女性。
そしてその婿となるのは、戦闘能力も経験もないひ弱な自分。
カルヴァート辺境伯として最も重要な職務であるのは軍総帥。だがそれを実質的に担うのが別である可能性は高い。
美貌の竜騎士であるキースならば、辺境伯軍の士気と評判を高めることのできる存在だ。
しかも、ヨルブラントとよく似た面立ちや座席の位置から、近い血筋であることは間違いない。
(僕に何も告げられていないのは、試されているからかもしれない。 或いは、まだあどけない彼に気に入られるのに邪魔な情報だからか……?)
「──ダニー?」
「あっごめんごめん」
(……やめよう)
屈託ない笑顔で話し掛けてくるキースを見て、ダニエルは考えるのをやめた。
甘いのだろうが、そういう気持ちで彼との関係をどうのこうの、というのは嫌だ。
今日のメインは昨日のロックバードらしい。
「キース君、今夜はロックバード肉がメインらしいよ」
「え……そ、そう……」
キースはあんなに楽しみにしていたというのに、何故か喜ぶでもなく口ごもりながら、顔を背けるかたちでワインを手にする。
(……そもそもダニーがあんなこと言わなければ、今夜もアデレードで出席したのだが)
──キースことアデレードは、昨夜の晩餐を思い出していた。
ロックバード肉は特別な肉。
昨夜もふたりのテーブルにはロックバード肉がメインで出されていた。
肉の旨味を楽しめるよう、香辛料のみで味付けされたシンプルなもの。
「……美味しい!」
「ふふ、そうであろう。 今宵は妾とそなたのみ、特別じゃ。 そなたの功績と聞き及んでいる。 大義であった」
「お褒めにあずかり……ですが……僕の功績だなんてとんでもない! これは」
「ははは、謙遜するでない」
本人も否定していたように、ダニエルは卑屈な男ではなかった。あからさまな褒め言葉を交えた会話にも、卒無く受け答えする。
だがこの時だけ、彼は躊躇いを見せた。
「ダニー、どうした?」
「いえ。 これはキース君の功績で……その、大変不躾な質問で恐縮なのですが……彼は食べられないのでしょうか?」
「……!」
「──失礼。 余計なことを申しました」
「ふ、ふん。 まあよい。 ……残りは明日の晩餐に振る舞われる。 そこでキースも食べられるだろう」
「そうですか! ありがとうございます!」
『そうですか!』と言った時のダニエルは、ロックバード肉を口にした時より嬉しそうで……
「べ、別に元々決まっていたことじゃ! 礼を言われる筋合いなどない!」
アデレードはなんかツンデレっぽくなってしまったのである。
そんなわけでお待ちかねのメインディッシュ。再びのロックバード肉である。
昨晩とは違い、大きな塊肉をハーブと共に焼いたものがいくつもテーブルの真ん中に置かれる。
各々が切り分けて食べるらしいこのかたちはこの地方の伝統に則っている。特にこういった歓迎や親睦の席で好まれるとか。
「キース君、これも食べる? 僕は昨日いただいたから……」
「いっ、いいから食べろ! 大体私はそんなに食い意地張ってない!」
(くっ……言い方──!!)
照れるとどうしてもツンデレっぽくなるらしい、キースことアデレード。
ダニエルは軽く既視感を感じたが、まだふたりが同一人物だと気付くことはなく。
『育ち盛りだから』などと言いつつ、がっつりロックバード肉をキースに切り分けてやるのだった。
二章はここで終わりです。
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