婚約者様は、尊大かつトゥーシャイであらせられる。
そしてふたりきりの晩餐は始まる。
何故仮面をつけているのかが気にならないではないが、ちょっと想像すればそれっぽい理由などいくらでも考え付く。
なので、今は思考の外に追いやった。
(そんなのは聞ける時に聞けばいい。 それよりも、アデレード様の対応が思いの外いいのが気になる)
不本意でなかったのなら、優先すべき事柄が変わる。それに応じたアプローチ方法に変えるべきだろう。
その判断材料の一部阻害という意味で、仮面は邪魔ではあるが、気にしたら負けだ。
一方──
(ぬぬ……妙な口調になってしまった)
アデレードの口調。
コレは別に悪ふざけではない。
アデレードは『キース』が自分だとバレないように、尚且つ婚姻に肯定的であり歓迎するというのを示さねばならない。そう強く感じていた。
ついでに、なんとなくドレス姿が気恥しいという乙女心が発生。
そのあたりの思いが混ざりに混ざり、大分横滑りした結果である。
彼女は彼女で緊張しているのだ。
幸いダニエルは仮面には一瞬驚いたようであれど、口調を気にした様子はない。
おそらくは『辺境の姫君ってこうなんだな~』くらいのものと思っているに違いない。そうであってほしい。
「素敵なお召し物ですね。 王都ではあまり見ないデザインですが、スラリとしたアデレード様によくお似合いです」
まずは卒無く見た目を褒める。
ただのマナーに過ぎないが、それでいい。
徒に持ち上げ、媚びていると感じさせてはならない。
「ふっ……そうであろう。 妾に合わせて誂えたのじゃ、似合わぬ筈がない」
ナチュラルボーン・アデレードはナチュラルでない口調で尊大かつ不敵に笑みを浮かべてこう返した。内容的には素のままだが、態度が完全にキャラに引き摺られている。
(あーコレなんか『キース』以上に不遜じゃないの?! しくじったわー!)
だが諦めたらそこで終わり……なんとか挽回したい。
「コホン、そ、それより……そなたは我が婚約者ぞ。 口調を崩すのを許す」
「畏れ多いことではございますが、では有難く」
ニッコリ笑ってそう返すダニエル。
(意外にも、本当に不本意じゃなかったのかな……?)
そういえばキースも『違う』と強く言っていたことを思い出す。
辺境に入るまであれほど心配していたが、結局のところキースやユーストも最初から歓迎してくれていた。
アデレードのことも、杞憂なのかもしれない。
(──よし。 少しだけ距離を詰めてみよう)
「アデレード様。 私……いや、僕のことはどうぞダニーと」
距離を詰めるといっても『愛称呼び』からという可愛らしいものだが、そもそも、まだ彼女は自分のことを代名詞でしか呼んでいない。
本心では不本意と感じているなら最悪、嫌悪感を示されるだろう。
上手く心根を隠すにしても、某かの反応は見られる。それを判断材料とするしかない。
笑顔の裏で、アデレードの一足一挙動見逃さないよう集中。
しかし、返ってきたのは更に想定外な反応だった。
「わわ妾のことは、あ……あで、アデルと……」
「──」
あからさまにソワソワし出し、急に小声で噛み噛みになるアデレードにダニエルは笑顔のまま固まった。
(この反応はまさか……照れている……のか?!)
『愛称呼び』程度でこの初々しさは一体。
8割にも及んでいた想定、『不本意』から認識が一変した瞬間である。
──『辺境の姫君』はトゥーシャイ説、浮上。
晩餐はなんだかんだ恙無く終わった……と言っていいだろう。それなりに話は弾んだように思う。
今一つアデレードの為人を掴みあぐねた感はあったが、アデレード自身のキャラクター造詣が杜撰だったのでそこは仕方がない。
大分濃い初日だったが、思いの外いい感触ではある。予定の調整が難しいそうで、次の約束は残念ながら取り付けられなかったが、手紙の遣り取りには承諾してくれた。
(約束が難しいのも仮面も、プライベートで関わる男に慣れていないからなのかもしれないな……)
現に領の話などは問題なくでき、仕事で関わる分には対応できそうな印象。
見た目に関しては『美しい』と思う。
王都では目にしないドレスや自信に満ちた立ち姿に『自分の魅せ方を知っているスタイル』だ、とダニエルは感じた。
仮面は『自信がないから隠している』とも『美しすぎるから隠している』とも取れる。
いずれにせよルッキズムへの嫌悪を感じて、と取るのが妥当だろう。
(そのあたりが男性に慣れてなさそうなことへと繋がっているのかもしれない)
やや方向性は異なるようだが、拗らせ内弁慶にはローズ殿下で耐性がある。
(とりあえず……本当に歓迎してくれているような気はする……)
だがこの1ヶ月。ダニエルの予定はほぼ自由。
歓迎はしてくれていても、特にこれといった期待もされていないらしく、特定の日の夜以外は皆と食事も別。
これはそれぞれの帰宅時間が異なるからで、今に始まったことではないと聞いてホッとはしたが、交流の時間など『自ら作らねば、ない』ということでもある。
お飾りの『妻』ならぬ、お飾りの『夫』。
だとしても、そこに甘んじているわけにはいかなかった。
(でも……今日は、もう)
欠伸をひとつして、ダニエルはベッドに潜り込む。
勿論、夫婦の寝室ではない方の。
元々寝つきはいい方だが、色々ありすぎて軟弱な彼の疲労はピークに達していたので、秒で寝た。
「なにやってんですかぁあァぁあぁぁ!?!?」
「し、仕方ないだろうッ?! なんかああなっちゃったんだ!!」
ちなみに、アデレードはフェリスに滅茶苦茶怒られていた。




