婿殿は憂いながら無自覚に攻撃をかます。②
(いやいやいやいや……だが……)
なにを否定しているのか、よくわからない否定。
その間も胸は、謎の疾走感でこれまでに聴いたことのない音を刻み続ける。
(だが……他人にここまで思いやられたことなど、今まであっただろうか……)
周囲は(※自分も含め)ガサツで直情的な軍人ばかり。執事や侍女という仕事に従事していない限り、本人に直接尋ねる。
それに慣れ、それが合理的だと思っている彼女だ。自分の行動が原因なのはさておき、いつもなら『そんな回りくどいことせずとも』と呆れていたであろう。
なのに今は、それが純粋な気遣いからだと思うと、胸が熱い。
──純粋な気遣い。
これはあくまでもキース目線での話。
少しばかり彼女は勘違いをしている。
確かにダニエルがアデレードを気遣う気持ちは真実。
だが、純粋とは言えない。
アデレードが婚姻に異論がないのであればそれは良しとして……もし婚姻を拒んでいようとも、これは王命。覆らない。
だが、アデレードの気持ちを汲むことはできる。
信頼関係のない結婚は厳しいというが、逆に信頼関係を構築できるならなんとかなる、そうダニエルは思っている。
どうしてもアデレードが不本意な場合、円滑で円満な離縁とその後の為に、やっぱりそれなりに仲良くなっておきたいのである。
(最悪、信頼されなくても信用してさえ貰えれば、身の振り方はある……ッ!)
なにより一番は自らの保身──それ故にダニエル自身が、アデレードの不本意な婚姻を望んでいないのだ。
「会うのが負担と言うのであれば、手紙の遣り取りでも──……キース君?」
「……はっ! なっなんだい!?」
「ああ、ごめん。 君も疲れているよね」
「いやっ、あの……そ、それよりも!」
「ん?」
「君はそのう……」
「??」
(なんでだ?! 上手く話せない……)
「──そう! アデレード様の見た目や性格は気にならないのか? 今まで何も私に聞かないけど!」
捲し立てるようにキースは尋ねる。
もしかしたら、対外的に高評価であるアデレードの見た目を知っているのかもしれない──
なにか話さなければいけないような気になって、咄嗟にそれが浮かんだキースは、自分でもよくわからないままそう口にしていた。
(なんで今更……?)
自問するも、答えより先に出てくるのは『なんとなく知っていて欲しくない』。
これがどういう気持ちからなのか測りかねたまま、ダニエルの言葉を待つ。
「うん……見た目は気にならないというか……僕の見た目をどうお感じになるか、の方が気になるかな。 なんせ閣下は精悍だし、キース君は美人だ」
「!」
(見た目は気にならない?! しかも美人って言われたー!)
考えてみれば少し前まで『閣下3メートル』等と宣っていたダニエルである。アデレードの見た目も多分、知らない。
その上での『見た目は気にならない』はその後に続く彼の言葉から察するに、本心であろうと思われる。
そして『美人』──その言葉の指し示す相手は『キース』であり、男。
褒め言葉には慣れているが、下心の一切ない褒め言葉には慣れていないアデレードは物凄く動揺していた。
「お気に召さないにせよ、不快感をお感じにならなければいいのだけれ……」
「ならないよ! ならないッ、絶対!!」
「そ、そう?」
何故か鼻息荒く、食い気味に否定するキース。
その勢いが凄くて少しばかり引くダニエルだったが、彼のキースへの好感度は高い。
しかもやや斜め上の言動も度々目にしている彼は、やはりこれも気遣いだと疑わない。
「ははっ、また卑屈に聞こえたようだね。 ありがとう。 キース君は優しいなぁ」
「ふぇっ!?」
『優しい』──領内では剣豪で竜騎士、おまけに破天荒な我儘お嬢様で通っているアデレード。
これもあまり耳にしない褒め言葉であった。
ちなみに『妖精』という噂は他領の人間、『アマゾネス』という噂は、勿論ここ辺境伯領の人間が発生源。そのあたりでも彼女の辺境伯領での振る舞いが窺い知れる。
「性格は気になるけど……自分で知りたいし、知って頂きたいんだ。 余計な先入観は要らないし、フェアじゃない」
「!!」
(……なにそれ!? なにそれッ!!)
心臓がギューンとなり、なんだか自分でもよくわからない羞恥と歓喜が全身を襲う。
「──ふぐっ!」
「あっ?! キース君!?」
あまりの耐え難さに、キースは胸を抑えて長椅子に倒れ込んだ。
突如くぐもった声を上げ倒れた彼に駆け寄ろうと、立ち上がったダニエルを片手を上げて制するも、その顔はクッションに埋めたまま。
とにかく今、顔を見られたくない。
あと、心臓がうるさい。
「大丈夫……なんでもない。 でもちょっと待って暫くこうさせといて」
「そ……そう?」
キースことアデレード。
胸の謎の動悸に倒れる、23歳の秋。
これが初めて恋に落ちた瞬間だったと知るのは、まだ少し先の話。
【どうでもいい裏話】
ネイサンは『兄さんなのにネイサン』っていう理由でネイサンになりました。
狐目は性癖です。




