いざ辺境伯邸へ。
話題がロックバード肉についてにせよ、キースとの会話は弾んだ。
「そう言えば、会話の途中でロックバードが来ちゃったけど」
「ん?」
「ホラ、『辺境伯邸』について」
「ああ。 アレは確かに辺境伯邸だが……普段居るのは別なんだ。 その後ろ。 森の中にあるあそこさ」
「えっ……アレは城壁じゃなくて?」
「城壁だけど、居住しているのはあそこ。 だから実質、本邸は向こうと言っていい」
「……」
(つまり、常に前線に立つ仕様ってことだよな……)
道理で慣れているわけである。
ますますダニエルの中でアデレードの『アマゾネス』疑惑が高まるも、目の前には竜騎士の美少年。
強さは見た目の問題ではないのかもしれない……と答えに近付くが、そもそも彼はアデレードの見た目などなんでもいいのだ。
問題は『彼女に気に入ってもらうにはどうすべきか』。
そのアプローチ方法を考えるのに、見た目が気になるだけに過ぎない。
なので見た目を問題視するなら、むしろ彼自身の方。
(お父上である逞しい辺境伯閣下にせよ、美少年であるキース君にせよ……近しい男性を理想としていたら、さぞかしガッカリされるに違いない……いや、もうしているのかも)
そんなわけで答えからは遠のいていたが、そんなのとは関係なく、不安は戻ってきていた。
不安げにしているダニエルは、なにぶんか弱い都会っ子だ。『辺境伯邸について』という話題だけに、それを居住地への不安と取ったキースは言う。
「心配しなくても、君は当面こちらに住むことになる」
「──えっ? でも……アデレード様はあちらなんだろう?」
「ん? うーん……」
思いの外残念そうな顔をするダニエルに、キースことアデレードは少し戸惑う。
フェリスをチラリと見ると、『アデレードは私です、と言うチャンス!』とばかりに圧の強い視線を向けていて、思わず苦笑した。
(まだアデレードには戻りたくないんだよなぁ……)
アデレードはダニエルが気に入ったものの、もう少し『キース』として親睦を深めたかった。
まだ出会ってそう経ってないから──というのもあるが、一番の理由は一緒にいて楽しいと感じているから。
(できればもうちょっと遊んでいたい。 彼には悪いけど)
それは幼い子供が、日が落ちて家に帰るのを残念に思うようなあどけない気持ち。
仲良くなれると感じたからこそ抱いたこの気持ちを、アデレードは手放したくなかった。
そうして着いた、辺境伯邸。
睨むフェリスの視線を感じ、アデレードは覚悟を決めた。
──後でのお説教の。
(よし、ここは『キース』として押し通そう!)
そう決めたら止められないのがアデレード。
まず玄関先で「案内役の『キース』が婿殿を連れて参った!」と大声で叫び、その認知を皆にさせる。
破天荒なお嬢様の言動には既に慣れており、察しのいい皆は僅かに動揺しつつも合わせてくれるのだ。
尚、これが初めてではない。
しかも今回は婿入り。
ずらりと使用人が並んでいるので周知は楽チン。
(……これがカルヴァート流のスタイルなのかな?)
キースの行動を不思議に思いつつも、ダニエルもそう納得した様子である。
「ようこそ若旦那様。 執事長を務めさせて頂いております、レオニールと申します。 長旅でお疲れとは思いますが、先ずは閣下の……」
「大丈夫だレオ! 私が案内致す!!」
「……左様でございますか」
「え……っうわ?!」
案内を変わろうとする執事長を押し退け、ダニエルの腕を引いてずんずんと歩き出した。
目指すは辺境伯閣下の執務室。
「おじょ……へぶッ?」
執務室近くにいたまだ若い警備兵のブロスを口封じがてらとっ捕まえると、すかさず命令を下す。
「閣下に『キース』が婿殿を連れて参ったとお伝えせよ。 ……いいな? 『キースが!』を強調するんだ」
「ぎょ……御意」
後半は小声での恫喝である。
ノックするブロスは、背中に向けられる『わかってんだろうな?』という強い視線による圧を感じながら、息を吸い込んだ。
「失礼致します! 辺境伯邸第一警備隊ブロス、閣下にご報告しに参りました!」
「入れ」
「はっ!」
そして執務室の扉が閉まる。
「……」
「……」
(なんか……長いな? イカン、また緊張が高まって──はっ)
ダニエルはキースに目を向ける。
目が合うと彼は、ニコッと微笑んで何故かサムズアップ。
(そうか、考えてみれば妙な言動は辺境伯邸に入ってから……キース君は僕の緊張を和らげようとしてくれていたんだな? ……よし! 気合を入れねば)
ダニエルもキースに微笑みサムズアップ。
無理矢理作った笑顔だが、『気は心』と言う。
初めての友人が、自分を歓迎し応援してくれているというのは、彼にとって強い後押しだ。
勘違いとも言い切れない勘違いが発生しているが、当然ダニエルは気付いていない。




