34話
少しして、先に体を離したのはリオンだった。アリシアが見上げると、どこか惜しむような残念そうな顔をしていた。
「もっと、いろいろと話をしたいとは思うのだが……あまり待たせると心配するだろうから……」
アリシアを待っているというのは、救助にあたっていた人たちだろう。聖女の力を使う用件でないのは、先ほどのリオンの話でわかっている。
ならばやはり、人手不足なのかもしれない。たとえ力は使えなくても、人は多いに越したことはない。
アリシアがこくりと頷くと、リオンは顔をほころばせて、手を繋いで歩きはじめる。
そうして小屋まで戻ったアリシアを待っていたのは、謝罪と、感謝の言葉だった。
「さっきは悪かった。気が立ってて……せっかく助けてくれたのに、あんなこと言うもんじゃなかったよな」
「本当に、ありがとうございました。もう駄目だと思っていたから、本当に……」
バツが悪そうに言う男性もいれば、涙ぐみながら話しかけてくる女性もいる。
考えてもいなかった事態にアリシアが視線をさまよわせていると、肩に手を置かれた。見上げると、安心させるように微笑むリオンがそこにいた。
「みんな、アリシアに感謝しているんだ。だからそのまま受け取るといいよ」
言われて、アリシアを待っていた人たちに目を向ける。
聖女の力は失われたから、もう一度役に立てと言われたら断るしかない。だからこれは、一時的なものかもしれない。
だがそれでも、彼らに喜びを与えられたのならよかったと、アリシアは微笑みながら頷いた。
――そして翌日、物資や医師を乗せた馬車が数台と、マティアスが到着した。
幸い、聖女の力を求められるような怪我人が出ることはなく、布を洗ったりしぼったりするだけですんだ。
最初は聖女様にそのようなことさせられないと渋られたが、どうしてもしたいのだとアリシアが頑なな態度を見せ、リオンまで加わり、しかも人手は多いほうがいいからとリオンが言い出して、ヴァリスとカミラも巻き込んだ。
王族ふたりが救助を手伝っているのだから、聖女が布を絞るぐらいなんてことないのでは、と思ってくれたのだろう。アリシアが布を洗っていても何も言われなくなった。
「お疲れ様です」
おかげでマティアスが到着したときには疲労困憊で、疲れ切った顔の面々に、マティアスは深々と頭を下げた。
「今すぐに用意できるだけのものなので……まだまだ数は足りないかもしれません。用意が整い次第、追加で運び込みますので、今しばらく辛抱いただけますか?」
「あ、ああ、それはもちろん。むしろこんなによくしていただいて……ありがとうございます」
代表としてマティアスの相手をすることになった男性が、恐縮しながら同じように頭を下げている。
それからも二言三言交わして、マティアスの目がヴァリスと――それからカミラに向いた。
「馬車をご用意いたしました。ヴァリス殿下と……そちらの女性は騎士が同席いたします。ご了承ください」
「……ああ。わかっている」
ヴァリスは苦虫を噛み潰したような顔で頷き、そちらの女性と呼ばれたカミラは居心地わるそうに視線をさまよわせているが、逃げたり抵抗したりする気はないようで、肩を落としてされるがままを受け入れている。
そうしてふたりが騎士に連れられながら馬車に乗るのを見送ってから、リオンとアリシアもマティアスとともに馬車に乗る。
そして走り出してしばらくすると、リオンが何があったのかをマティアスに話した。
話が進むにつれ、マティアスの顔が訝しげなものに変わっていく。
「なるほど。聖女の力を使い……そして失った、と。しかも結婚とは……」
「マティアスの許可がもらえればあとは父上だけだから、許可してほしい」
真剣に言うリオンに、マティアスが深いため息を落とす。
水色の瞳を細めた顔に浮かぶのは、わずかな苦笑。呆れてはいるようだが、嫌な感情は抱いていないようだ。
「そうなることも予想していなかったわけではないが……私が思っていたよりもずいぶんと早く……」
そう呟くと、マティアスは穏やかな微笑みをアリシアに向けた。
「アリシアもそれで構わないのかい?」
柔らかな声で問いかけられて頷いて返すと、マティアスの目が窓の外に向く。先ほどまでの苦笑は消え、真剣な顔をしている。
沈黙が落ちるが、リオンもアリシアも何も言わず、マティアスの答えを待った。
そうして少しして、マティアスの視線が窓から外れ、リオンとアリシアに注がれる。
「わかりました。ですが……今すぐに、というわけにはいかないことはご了承ください。結婚するのなら、それ相応の準備が必要になるので」
「ああ、わかった」
真剣に頷くリオンに続いて、アリシアも頷く。
相応の準備がどういうものなのかはわからないが、ずっと一緒にいるために必要なら頑張ろう、という意味をこめて。




